暇な人生の余白を埋めるために最近やりはじめたこと

常に暇を持て余してるので、僕にとって人生は余白だらけだ。

その余白をどうにかして、少しでもクリエイティブに埋めていきたいと考えていることが割と多い。

ここで僕が考えている「余白の埋め方」というのは、例えば楽器を練習してみたり、筋トレをしたり、庭いじりを始めたりだとか、そういった所謂「趣味的なもの」をすることではない。

それは何かと言うと、

些細な日常の行動を密かにアップデートする

というものだ。

張り切って趣味的なもので余白を埋めようとすると、飽きてやらなくなった時に、人生に対する絶望感や虚無感に苛まれ、精神的な苦痛を味わうかもしれないというリスクがある。

そして何より面倒くさく、時間もお金もかかる。

人生において何をやるにも、大なり小なりリスクは伴うものだが、自分にとって、「取ってもいいリスク」と「取らなくていいリスク」はその都度適切に取捨選択すべきであろう。

そこで、上述した、日常的にできる、僕なりの「暇つぶし」の方法が以下だ。本日はそのうちの一つを。

あらゆる会話の中で、「えっと」・「何て言うんだろうなあ」を完全に排除していく。

言葉が出てこない時、空間を埋めるために使うこれらの類の表現があまり好きじゃないことに気づいた。

実際に、他人の話を聞いている時に、これらの表現が多様されると、少しずつイライラしてきてしまう。

TVでタレントやキャスターが喋る時に、何となくずっと聞いていられるのは、「えっと」がないからだ。淀みなく流れてくる言葉のリズムは心地良い。

つまり、「えっと」を排除することは、聞き手に対する愛情なのである。

逆に言えば、「えっと」の多様は、話者としての甘えであり、職務怠慢だ。愛がない行動である。

僕は偉大なSoul SingerであるMarvin Gayeのような、愛の伝道師でありたいし、先日たまたまTVで見た黒柳徹子さんのゆっくりだが、かつとても優しく丁寧な喋りに感動もした。

だから、これからは「えっと」を使わないよう矯正していくことで、密かに自分をアップデートしていこうと思った。
目指すは、

日常会話のプロ

である。

しかしながら、これを日常生活の中で徹底することは割と難しい。なぜなら、大抵の人には、「えっと」で間を埋める癖がついているからだ。

だからこそやりがいがあるし、多少の負荷がかかる方が、自分が成長している実感があり、さらに言えば、生きている気がするものだ。

何より、日常を少し変えることは、人生を少し変えることにも繋がると思っている。

僕にとって何より恐ろしいのは、「変化のない人生」だ。

#生き方の流儀 #行動の流儀 #メンヘラ男子
#エッセイ #コラム

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