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砂漠とオレンジデイズ

TVerの配信に「オレンジデイズ」がきている。2004年春に放送されていたこのドラマの描く青春が、今でも色褪せずにそのままであってくれることが素直に嬉しい。

妻夫木聡、柴咲コウ、成宮寛貴、白石美帆、瑛太の5人が主役を務める群像劇。大学の卒業を1年後に控えた男女がキャンパスの内外で繰り広げる青春模様が美しく光る。人生選択に影響を与えたといっても過言ではない、大好きな作品の一つだ。

オレンジデイズのようなキャンパスライフに強い憧れを抱いていた。階段状の大講義室、仲間との他愛のない時間、一人暮らしの自分の部屋。このドラマが放送されていた頃、当時の私はちっぽけな閉塞感と隣り合わせにあって、主人公たちの過ごす大学という世界は、とても広くて自由で、淡い夢のような場所に見えた。将来の見通しなんておぼろげだったけれど、何かその環境に身をおくことでどうにか生きる術が見つかるのではないかと、根拠のなんてまるでない一縷の望みを見出した。今となっては彼らの年齢もとうに追い越し、就職活動中の学生たちにも業務で関わるような立場となったが、そんな視点で見返したとしても、やっぱり大学生はいいなあ、いい時期に違いないよなあと思わせてくれる、かけがえのない作品だ。


結城櫂と萩尾沙絵、妻夫木聡と柴咲コウが演じていた二人の恋愛風景が好きだ。すれ違いながら、ぶつかりながら、まっすぐに恋をしていく様に心打たれる。惚れた者の弱みというところだろうか、沙絵に対峙するときの櫂はいつだって男らしくかっこいい。沙絵の魅力も、沙絵の弱さも、作中で両方が丁寧に描かれているからこそ、真正面から彼女と向き合う櫂を応援せずにはいられない。恋をすることで人は弱くもなるし、強くもなる。どちらか一方だけでなく、双方にいい変化が起きるのが素敵な恋愛だと思う。強さと弱さのせめぎ合い、それを最も色濃く感じられるのが第8話の海辺の告白シーンだ。どこにでもいる大学生の櫂が、ドラマ史に残るヒーローに変わる瞬間。まさに圧巻の一言に尽きる。いまどきあまり使われなくなったが、男気という言葉はこういう場面でこそ使うにふさわしい。半ばやけくそで、されど意を決して思いの丈を叫ぶその姿は、すれ違いを重ねてきた二人の道のりや臆病な沙絵の心情、仲間の憂いなんかを全て背負って立つ、気迫に満ちた名場面だ。


いい仲間がいて、いい恋をして、これを青春と言わずとしてなんと言おう。「オレンジデイズ」は、櫂と沙絵の出会いから学生時代の終焉までを切り取った物語で、フィナーレが近づくにつれ、徐々に寂しさが募る。「子どもでいられる最後の年」が終われば、それぞれが次のステージに進むべく、思い出の詰まったキャンパスから離れてゆく。ドラマになるような輝きがあったかどうかは分からないが、卒業のセレモニーの日のその終幕の感じは僭越ながら自分自身にも憶えがあって、先のことはどうなるか分からなくとも、そういう感慨が得られる時間があっただけで、本当にいい時間を過ごさせてもらったのだなあと、これから過去に変えていく自分の学生生活を愛おしく想った。仲間の多くが下宿をしていて、それぞれが故郷だったり新天地だったりへ散っていった。私もそのうちの一人だ。この先あの街を訪れることがあったとしても、楽しかった日々は決して戻ることがないと知っていた。気の向くままにキャンパスを歩けば、気ごころの知れた誰かしらがいて、語るに及ばない時間が過ぎていく――目まぐるしくがらりと変わる新生活の中で、気づけば遠いところにいった美しい日々。こんな気候の良い秋の日にとりとめもなくそれを思い返す、なんておだやかな時間だろうか。

きれいに幕を閉じることができたから、特段の未練はない。頻度こそ減ってしまっているが、ささやかな付き合いは続いていて、新たな関係性も派生した。


伊坂幸太郎の「砂漠」を読んだ。これもまた大学生、5人の男女のキャンパスライフを描いた作品だ。やはり卒業の場面で終わる。

「学生時代を思い出して、懐かしがるのは構わないが、あの時はよかったな、オアシスだったな、と逃げるようなことは絶対に考えるな。そういう人生を送るなよ」
「人間にとって最大の贅沢とは、人間関係における贅沢のことである」
伊坂幸太郎 「砂漠」より(実業之日本社, 2005)

主人公たちの卒業式で、学長たる人物がはなむけに贈ったことばが沁み渡る。

「オレンジデイズ」に導かれるまま、何も分からずに始まった私の学生生活。やたら広くて芝生がまぶしい、あのキャンパスにスタート台があった。月日はあっという間に過ぎて、あのとき何者でもなかった自分がどうにかこうにか身を立てて、今日も暮らしてゆけている。卒業式の式辞など、何一つ覚えてやいないから、先の学長のことばを留めていくことに決めた。「砂漠」で終わったことにする。あの頃の憧れの正体、噛みしめた贅沢の味、キンモクセイの香りが当時の記憶を呼び起こす。



あとがき

コロナ禍で一時は頓挫していた本業も、どうにか新しい道を進みつつあります。試行錯誤は続きますが、急場しのぎのものではなく、長く続くであろうこの先を見据え、最適解を得るために奔走している感じ。悔しさも多分にありますが、沈んでいても仕方がないので、やってやろうじゃないかと前向きに臨んでいます。

そんなことをしていたら、ふいに学生時代の仲間に出くわしました。同じファームにいた者同士、照れる部分もありますが、仕事の場での再会はやはり嬉しい。やること自体はお互い慣れたもの、普段通りの2ステージでしたが、気合は全くの別物。楽しかったです。

単発の仕事だったので一緒にする機会はしばらくなさそうですが、それなりに深いあの頃の時間があったからこそ、忌憚なき反省会ができてよかった。気になることをフランクに言い合える間柄は、大人になると本当に貴重だなあと。こういうのも含め、「人間関係における贅沢」なんだろうなと思います。


出典

[1] TVer「オレンジデイズ」第1話「声を無くしたマドンナ」 (期間限定公開)
https://tver.jp/feature/f0057012

[2] amazon 伊坂幸太郎「砂漠」(2005)
https://www.amazon.co.jp/dp/4408534846


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