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出産記録〜陣痛から出産まで〜

※汚い話なども出てくるので要注意

4月24日に、女の子を出産しました。

出産という、人生でなかなかない貴重な経験をしたので、事細かに記録を残しておこうと思う。
というか、産んだ直後のハイテンションで眠れずに暇なので、忘れないうちにぽちぽち記録しておく。

今回の初産にあたって、本当は無痛が良かったのだけれど、通っていた病院ではできないと言われてしまった。「まぁ、人生で一度くらいだし、経験してみるのもいいか」と、自然分娩を受け入れた。「お産は『鼻からスイカ』と聞くけれど、一体どれほどの痛みなのか?」という興味もあったからだ。

私は人生で二度(?)、死ぬほど痛い思いをした経験がある。

一つ目は、十年以上前に南米を旅行した時に、半焼け(生)の鶏肉を食べて腸炎になったとき。二週間寝込んだし、下痢が止まらないし激痛だしで、トイレで二度ほど意識を失った。

二つ目は、私が二十年来のひどい便秘であり、通院していた頃腸内洗浄や腸カメラを経験していること。もはや便秘という可愛いものじゃない。腸が機能してないレベル。普段下剤を飲まないと全く出ないし、最近では市販の下剤で出るようになっただけかなりマシな状態。妊娠前から、下剤が合わない時はいきんでもなかなか出ず、激痛に見舞われたりすることはしょっちゅうだった。

これらの腸炎・便秘関連の激痛と比べても、陣痛の痛みは比べ物にならないほど痛いものなのか?ということが知りたかった。


そして迎えた陣痛当日、4月24日(土)。
前日の23日に37w6dの健診があり、「子宮口2cmくらい開いているし、柔らかくなっているから、予定より早いかもね」と言われた。
予定日は5月8日。ここのところお股のツーンとした感覚が頻繁にあったし、動くのもつらくて、私自身「あと二週間持つのか…?」という気持ちだったから、「少し早くくるかもな」とは思っていた。

4月24日になった0時、私は呑気に友達と電話をしていた。「今日から38週に入ったわー」と笑いながら話したのを覚えている。
前日の夜、というか、少し前から生理痛のような痛みがあった。いわゆる前駆陣痛?と思っていたけれど、「めちゃくちゃ痛いと言われる陣痛がこんな痛みな筈ない、前駆ですら、もっと痛いはず」と、軽く考えていた。電話相手の友人も「通話中に産気づいてりして」なんて言って、笑っていた。
完全にフラグだった。

電話を終え、1時頃。
生理痛に似た、地味な鈍痛が酷くなる。トイレに行ってみたら、下痢をしていて驚いた。
これには本当に驚いた。
上述したように、私は超便秘人間。普段、自然に下痢することなど殆どないといっていい。自然に下痢したことなんて思い出せないくらい昔のこと。下剤を飲んで下痢することはあれど、自然にくだすことなどあり得ない。
これはやはり、お産が近いからなのか?と少しびびる。

2時頃。
ウトウトしていたのに、突然目が覚めるほどの下腹部痛を感じる。「下痢してるからだろうか」と思い、再びトイレに行ったら、真っ赤な鮮血がベットリ。ちょっとだけ血の塊も出てた。「おしるしは茶おりっぽい」と聞いていたから、「こんなに赤くて大丈夫か?」「何か赤ちゃんに問題が起きているのでは?」と心配になり、病院に電話。対応してくれたのは助産師さん。「判断しかねるので、とりあえず来てください」とのこと。あくまで私は「鮮血の心配」で電話をしたので、この時点ではまだ陣痛だなんて思っていなかった。おそらく痛みの原因は下痢で、またすぐに帰ってくるだろうと思っていた。
電話の声を聞いて起きてきた夫に事情を話し、病院へ。陣痛バッグ、入院バッグ、退院バッグの3点は玄関に用意してあったのですぐに車につめた。

3時〜。
病院につき、助産師さんの内診を受ける。先ほどより痛みは強めになっていたが、まだ下痢が原因だと思っていた。

「子宮口3〜4cm、赤ちゃんかなり降りてきてますね。これ、陣痛ですね」

エーーーーーーッ
本当に驚いた。
だって陣痛って、間隔が短くなってくものって…普通の痛みと違うからすぐわかるって…言ってたじゃん…。
陣痛きたかもアプリもせっかくダウンロードしたのに使ってない。陣痛ってこんなもんですか?と助産師さんに伝えると、「人それぞれですからね〜」と。
なんだか先に色々な体験談やら何やらを読みすぎて、「これは陣痛じゃないな」という勝手な思い込みがあった。普通に陣痛だった。情報を鵜呑みにせず、自分の身に起きたことと向き合うことが、何より大切なのかもしれない。というか、何かあったらすぐ病院に聞くのが一番だ。

コロナで立ち合い禁止&面会謝絶のため、入院の荷物を預かって夫とバイバイ。
「えっ産むの?これから?本当に?」と、夫もパニックのまま去っていった。

一人陣痛室に通される。よかった、産むまでは個室みたいなもんなんだ…。誰かと同室で呻き声をあげるのは躊躇いがあったので、ホッとした。
必要な書類を記入して助産師さんに渡し、一人うめく。まだ余裕のある痛み。今日土曜だけど追加料金あるのかなとか、そんなことを考える余裕があった。
陣痛はここからが長いと聞いているが、一体どのくらいなのか。スマホで調べると、「初産は10〜12時間」と出てきて、気が遠くなる。それでもまだ、「陣痛ってこんなもんか」くらいの気持ちだった。
「いたいいたいいたいいたい」と、一人で声が出るくらいには痛い。しかし、私はこの痛みを知ってる。
上記で書いた人生で二回の激痛経験、及び生理痛や下剤使用時の腹痛の経験。
あれらの痛みにソックリだ!(進研ゼミでやったとこだ!)
いうならば、めちゃくちゃ重い生理痛と下剤を嫌な飲み方して下痢したときのフルコンボのような痛み。そう気付いてからは、少し強気になった。
知らない痛みではなく、「知ってる痛みの強化版」だと分かったからだ。知っている痛みなら対処しようがある、ということが、気持ちを落ち着かせてくれた。

4時〜5時頃。
知ってる痛みーーそうはいっても、痛いものは痛い。
確かに、陣痛でよく聞く、「痛みが来ては引いてくという波」になってきたし、来た時の痛みが強くなってきた。そして、痛すぎて突然吐いた。急に込み上げてきた吐き気に、あんまり食べてなかったので直前までがぶ飲みしてたポカリスエットが全部出た。間に合わずに床に吐いてしまった。助産師さんごめんなさい。そのあとは桶を持ってきてくれて、桶の中に吐くようになった。この後は痛みのピークごとに吐いてしまい、これが陣痛と同じくらい辛かった。痛み→吐き気→痛みに耐えながら吐く、の繰り返し。だんだん身体がしんどくなってくる。

助産師さんが子宮口を確認。
「子宮口6〜8cmになってます。赤ちゃんの頭も見えてきていています。もう少しですよ」

え!?割と早くない!?
12時間かかるっていってなかった!?!!??まだここにきてから2,3時間しか経ってないよ!??と驚く。
予想に反して私のお産は早そうだ。
嬉しさと混乱。
しかし、それと痛みは別である。この頃には、痛んでは引いていく波が5分を切っていた。

6:30頃
外からは、絶え間なく赤ちゃんの声が聞こえている。ここにいる新生児の声だろうか。これから私の腹からも、こんな声の主が出てくるのだろうか。産んだ瞬間、こんな声を聞けるのだろうか。…本当に?などと考えながら、痛みに耐える。

痛みの前に全てがどうでもよくなってくる。思考ができない。ピーク時の痛みが一層ひどくなる。
「痛い痛い痛い痛い!!」と、一人で言うことしかできない。陣痛時は座った方がいいとか、寝たら余計に痛くなるとか色々な情報を見たけど、痛すぎて起き上がることすらできない。更にお腹に色々巻きついてるので「赤ちゃんの心拍確認装置とか)、寝てる以外どうにもできない。テニスボールも自分で押し当ててみたけどなんの役にも立たなかった。私の場合は。

痛みは3分間隔くらいになっていた(自分の感覚として)。
痛みが引いてから戻ってくるまでが早すぎて、引いてる間も全然落ち着けない。呼吸も整わないうちに、またすぐ次の痛みが来る。その恐怖で身体はこわばりっぱなしだ。手もなんだか震えてきた。ずっと握っていたタオルを噛んだり引っ張ったり、引きちぎったりして痛みに耐える。壁も叩きたかったが、最後の理性でやめた。なんか弁償代とか請求されたら嫌だし。
「初産は陣痛開始から10〜12時間」がふと頭をよぎる。もしかして、子宮口開いてきても、まだまだかかるのでは?という不安に襲われる。2時からを陣痛開始とするなら、早くても昼の12時とかになるのでは…?
ダメだ、もしそうなったら、とてもじゃないが持たない。持たないけれど、この痛みから逃れる術はない。そのことに絶望する。
喉が乾いたけれど、痛みがくると吐き気もくるので、一口も飲めない。

7:00
耐え難い痛みと苦痛。
数分間隔で襲い来る痛みに怯え、身体がより強張った状態に。痛みがマックスになると、もうなりふり構わず「いたーい!しぬ!むり!いたいー!!」と叫び続けた。助産師さん達はさすが慣れているのであろう、誰も気に留めてなかった。普通に仕事をこなす音や足音だけがカーテンの外から聞こえた。
「座った方が楽、寝た方が痛い」というのは分かっているけれど、寝てないと無理なくらい痛い。相変わらず痛みのピークごとに吐く。痛みをどうにか逃したくて、持ってきたいらないタオルを引っ張ったり噛んだり引きちぎったり振り回したりした。個人的に今回のMVPはタオル。なかったら乗り切れなかった。
吐いてももう、水分も出ない。痛みピーク→吐き気→吐くの繰り返し。

7:30
「担当助産師の山田(仮名)です」
そう言って助産師さんが登場。この辺りから、担当の助産師さんがつきっきりで腰をさすったり、肛門を押さえたりしてくれる。
内診をした山田さんが言う。

「子宮口全開。いきんでいいよ」

困惑した。陣痛は、「いきみ逃がし」が何より辛いと聞いていた。いきみたいのにいきめないから辛いのだと。
この時点で私はまだ「いきみたい」「なんかトイレいきたい」という感覚は、全くなかった。
それなのに、いきんでいいの?

「本当にいきんでいいんですか」
「全開だから、いきんでいいよ」

…本当に?
いきんだらなんか大変なことになりそうで半信半疑のまま、「まだいきみたい感じはないんだけど…」と思っていたら、「あっなんかきてる!でも大きい方かもしれない!?これがいきみたい感覚?!」と、少しだけいきみたくなってきたような気がする。けれど、自己暗示だったかもしれない。

「呼吸で逃してもいいし、いきんでもいいよ」

助産師さんにそう言われ、痛みのピーク時に試しにいきんでみることに。ていうか、呼吸で逃すのとか無理。痛すぎてもう呼吸もまともにできてないのに。
早くこの痛みから解放されたい、その一択。

「吸って、吐いて」
「むりでーーーーーーす!」

呼吸が大事とわかっていても、吸って吐いてすらできなくなっていた。それでも何回かおぼつかない吸って吐いてをするうちに、ひぃーーー、ふぅーーー、くらいはできるようになった。五回くらい繰り返しただろうか。
ボォン!と突然な破裂音が響いた。
あれは、本当に音がなったのか、私の体内感覚なのか、いまだにわからない。
背中に勢いよく広がっていく生暖かさ。股間から何かが流れまくっている。もう、股間から海状態。
「あっあっなんか、出て、出てます」
慌てて助産師さんに言うも、「はい、とてもいい破水ですね〜」と流される。関心がないということは、きっとかなり順調な流れなのだろうとポジティブに受け取った。

破水してから数回いきんだ後。
助産師さんが言った。

「次の波がおさまったら、分娩台へ行こうか」

まるでプロポーズされたかのようにときめいた。
「次の戦いが終わったら、結婚しようか」
そんな風に聞こえた。というのも、友人から、「分娩台までいけばすぐだよ。そこから何時間もってことはないよ」と聞いていたからだ。
「分娩台に行けばもう解放まではすぐだ」
そんな意識があったから、私のお産はクライマックスを迎えている、という気持ちになれた。
歩いて分娩室まで移動と言われ、「鬼か?」と思うも、「この痛みから解放されるならなんでもする。なんでもいうこと聞く」そんな気持ちになっていたので、全て言われるがままこなす。

その反面、頭の片隅でずっと思っていた。
「早くね?」と。

2時頃鈍痛がはじまり、「陣痛きたかも」アプリを開くこともなく病院、4時頃から痛みが本格化、まだ8時。
分娩台に上がっても尚、「初産は10〜12時間」が頭から離れず、「もしやここから5時間くらいかかるのでは?」と不安になる。
この痛みから早く解放されたい。しかし、「もう産んでいいの???」と、混乱。
だってお産って、24時間以上かかる人もいるんでしょ?私痛みのピークからまだ3,4時間よ?
……もしかして、子宮口。
昨日の健診で「柔らかくなってる」って褒められて(?)めちゃくちゃ嬉しかったのかな… 期待しただけのことはある。まさか3時間で全開になってくれるなんて、誉めればやれる子。私の子宮口。

8時半頃。
分娩台にあがる。
「痛みのピークがきたらいきんで!」と言われる。いきんでったって、産まれてはじめてやることなんだからやり方がわからない。試しにやってみると、先生が言った。
「そうそう上手!上……え、いきむのめっちゃうまいですね?」
その言葉で確信した。もう一度いきむ。
「えっなんか急に上手くなりましたね!?その調子!」
なるほど。出産のいきみは、便秘の時に大きい方をいきむ感覚と全く一緒だ。「はじめてとは思えない」とお褒めの言葉をいただきながら、ひたすらいきむ。ナメてもらっちゃ困る。こちとら20年、いきんでもいきんでも自然な排便ができなくて、涙を流し続けた女だぞ?
このいきみ方でいいんなら、手慣れたものよ!
そう思いいきむと、明らかに股間で何かが進んだ感覚があった。
「すごい上手!」「頭出てきてるよ!」と、すごい褒めてくれる助産師さん達。麻痺してよくわからないけれど、確かに一旦休憩して力を抜くと、何かが挟まってる感覚が微かにあった。
もしかしたら、会陰切開せずにいけるかも!?と思った瞬間。

「会陰切開しますね」

「ですよね」と私は言った。
諦めよう。もうなんか股間の感覚もないし、多分大丈夫。麻酔もしてくれるし、きっと痛くない。
パチン!と大きな音がした。切られた瞬間はわからなかったが、そのあとじんわりと痛みが広がるのがわかった。
「痛いじゃねぇかーーーー!!!!」
そう思った。確かに、切った時は痛くない。しかし、切った後からいきんでお子の頭が進むたびに、切り口が痛い。さっきまでは平気だったのに。これ、切らないでいきんでた方が痛くなかったんじゃないの!?ねえ!?と怒りがこみ上げる。
「次のいきみで出しちゃえるかも」
会陰切開した先生がそう小さく呟いた。その言葉に励まされ、次で出してやらぁ!という気持ちになる。切開部の痛みから逃れたい一心で、渾身の力を込めていきむ。
「うぁーーーー!、!!おおー!!!あっおあー!!!」
最後の一回のいきみは、これまでの比じゃないくらい本気だった。
ヤーー!エンヤーー!!!のライオンキング並みに叫んだと思う。これも会陰切開の痛みを逃れたいからだと思えば、切開して結果オーライだったのかもしれない。
叫びながら、「ズポン!!!!スボボォォォォ、スポォン!!!」みたいな感覚が股間に広がった。

9時30分、お子、爆誕。
出た瞬間から元気よく泣き声あげてくれました。
頭が出た時はなんとなくわかった。あとは、ずるんずるん!!と、何かが勢いのくでていく感覚があったので、「お子の身体かな」と思った。めちゃくちゃ痛かったけど、出て行く時は確かに快感だった。
出たのもだけど、同時に全ての痛みから解放され、全身の筋肉が一気にほぐれ、股間からは生暖かい何かが流れ、例えようもない多幸感で涙が流れた。
お子、ごめんよ。この涙は産まれた感動というより、全ての苦しみから解放された、喜びの涙なんだ。

一晩中痛みで身体を強張らせたせいか、ガクガクと震え出す身体。目に見えて強く震えるのを自分の力では止められない。けど、産んだ瞬間から、身体が急速に楽になっていくのを感じた。安堵の震えだったのかもしれない。

「胎盤、出しますね」
助産師さんが言った。地味に怯えてた。手を突っ込んで引っ張ることもある、とか聞いていたからだ。
しかし。
「気持ちいい…」
助産師さんが引っ張るたびに、お腹の奥から何かが出て行く。しかもあたたかい…なんだか温泉にでも浸かっているような…。そして、出るごとにお腹の中がスッキリする。そう、下剤が効いて便が全部出た時のような爽快感…
聞けば、胎盤がちゃんと剥がれてないと無理矢理剥がすから痛いけど、赤ちゃんに続いて自然と剥がれていれば引っ張って抜くだけだから痛くないそう。
正直私はめちゃくちゃ気持ち良かったです。

そろそろ足を下ろしたい。感覚のない股間を閉じたい。その時。

「会陰縫合していきますね」

もうどうにでもしてくれ。そう思った。
しかし、これが割と時間がかかる。
縫われてる感覚が気持ち悪いし、麻酔が効いてないところは普通に痛い。会陰て、そんなとこだっけ?そこ、もうお尻じゃない??みたいなとこまで縫われてる。もうどこ縫われてるのかわからない。途中「痛い!」と言うたび、二回くらい麻酔を足しながら縫われる。15分くらいかかっただろうか。
「おしり見ていきますね」
そういえば、出産では脱肛したり痔になるときいた。
指を突っ込まれる。尻の穴は慣れてるので無反応。便秘で何度も診察を受けてるのでね。
「問題ないですね」
えっうそほんと… 切れるかと思っていたので、素直に嬉しかった。多分これも便秘のおかげかもしれない。


★総括

これはあくまで個人的主観なので、人によって痛みも苦しみも違うし、これを読んで「なんだ、出産なんて大したことないんだ」とは絶対思ってほしくない。けれど、陣痛レポを読んで怯えていた私のような人を少しでも安心させるためにあえて書くなら、

「思ってたほどじゃなかった」

です。
これには、以下のような理由があります。

①まず声を大にして言いたいことは、「陣痛、痛みの強さじゃなく、時間の長さでは!?」ということ。
私は痛みのピークが4時間もなかった。これが、あの痛みのまま、「いつ終わるかわからない、20時間かもしれない」となったら、自害していたかもしれない。

②いきみ逃がしがなかった
いきみ逃がしが本当につらい、と思っていた。
私は痛みがマックスになった時点で子宮口が全開になっていたので、「いきんでいいよ!」と言われた。私は「本当にいいんですか!?いきみますよ!?!!!」と何度もしつこく確認した。いきみたくなる前に、自らいきまなければならなかった。
結果、すぐに破水して、分娩室移動になった。だからいきみ逃がし必須だったら、舌を噛み切っていたかもしれない。

以上の二点のために、私は「思ってたほどじゃなかった」という感想になったので、私と同じレベルの痛みでも長時間かかった方、子宮口がなかなか開かなかった方は辛かったと思う。

なので、本当にお産は「人それぞれ」で、「自分と似たタイプ」はあれども、子宮口の開きやそれまでの経過、担当した先生や助産婦さん、普段の体調や持病、産まれてくる赤ちゃんの大きさや性質、全部が重なって「自分の出産」なので、

一部分だけを切り取って「お産はそこまで辛くない」「思ってたより辛いよ!」などと人に軽々しくいうことはできないな〜と思いました。

というか、自分の経験を参考にしてもらうのはよいけど、たった自分一人のエビデンスで「お産はこう!」なんで絶対言い切れねえ。絶対。

あと、「鼻からスイカ」はなんか例えが違うなあと思った。股間から赤ちゃんのが全然小さい。あと赤ちゃんはぐにゃぐにゃしてるから産道を通るけど、スイカは絶対鼻の中通らないし。
個人的には陣痛に比べたら、出すときの痛みは麻痺しすぎてそこまでじゃなかったかもしれない。

★おまけ

持ってきてよかったもの
・いらないタオル。
使って捨てて帰る気で持ってきた、車検でもらった「●●モーター商会」とか書いてある死ぬほどいらないタオル。陣痛中引っ張ったり振り回したり噛んだりして、痛みを和らげるのに大活躍。要は八つ当たり要員。これがなかったら、病院の壁たたいたりベッド壊したりしてたかもしれない。

・ポカリスエット
水は吐いちゃって無理でも、少しは飲めた。産後は水より飲んだ、命の水。救世主大塚製薬。

・産褥ショーツ&夜用ナプキン
うちの病院は必須だった。出産後すぐに使った。悪露が結構止まらなかったので、病院でもらった分では足りなかった。

・延長コード
何でこんな遠く高い位置にした?わざと?というくらい病室のコンセントが遠かった。なので、延長コードを持っていってよかった。

・急速充電器
産後連絡しまくるのと検索しまくりで携帯の充電がマッハでなくなった。マッハでなくなるのをマッハで追い越すくらい早い充電器が必要。

・お菓子&パックなど
産後の自分を甘やかすためのものはいくらあってもいい。

いらなかったなと思うもの
・テニスボール
私はまったくきかなかった。けど、タオル同様握りつぶしたりはしたので、八つ当たり要員としてはいいかもしれない。

■立ち会いについて
正直な気持ち、私はなくてよかった。

というものの、痛すぎて一人で悶絶してる方が気が楽だった。痛すぎて変な格好したし、変な顔もしたし、その姿を夫に見られたくなかったし、その場にいたら気を使うし怒りも湧いてしまうかもしれない。
誰もいなかったおかげで、「この痛みから早く逃れたい」にだけ集中できたので、私は誰の立ち合いもない、一人で産む、というのがあってたように思う。
というか、後半は痛すぎて意識が朦朧としてて何かを気遣ったり意識する気力もなかった。

■個室か大部屋か
どちらにするか最後まで悩んで、結局大部屋にした。今は病院が面会謝絶のため、同室の人も家族とか会いにこないし、母子同室だから個室だと孤独すぎるかもしれない、と思ったためだ。赤ちゃんが泣いて他の人に迷惑かけたり、逆に自分も眠れなかったらどうしよう…と思ったけれど、全くそんなことはなく、結果私は大部屋でよかった。
他の人の話を聞くこともできたし、おかげさまで、孤独を感じなかった。


以上。備忘録としてかきはじめたら、めちゃくちゃ長くなってしまった。あくまで私個人の感想と経験です。

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