【第551回】『許されざる者』(クリント・イーストウッド/1992)

 1880年、ワイオミング準州。「ビリヤード出来ます」という標示のあるビッグ・ウィンスキーという酒場の二階の娼館では、2人組のカウボーイがそれぞれ女を買っていた。SEXに興じる中、娼婦デライラ・フィッツジェラルド(アンナ・トムソン)に、あそこが小さいことを笑われたクイック・マイク(デヴィッド・マッチ)は逆上し、彼女の顔を何度も切りつける暴力行為に打って出る。やがて娼婦やオーナーたちに羽交い締めにされ、クイック・マイクと舎弟のデービー・ボーイ(ロブ・キャンベル)は背中合わせで縄につながれたまま、座り込んでいる。だが保安官のリトル・ビル・ダゲット(ジーン・ハックマン)は縛り首にせず、馬7頭で手打ちにしようとする。怒りの収まらない娼婦のリーダー格であるストロベリー・アリス(フランシス・フィッシャー)は全員の持ち金と今後の稼ぎの全てで、クイック・マイクと舎弟のデービー・ボーイの2人に1000ドルの賞金を賭けることにした。一方その頃、カンザスの田舎にポツンと佇む一軒家では、伝説的なアウトローのウィリアム・マニー(クリント・イーストウッド)がまだ幼い息子と娘と共に暮らしていた。飼っている豚が伝染病にかかり、日々の暮らしは一向に良くならない。病の豚を担ごうと後ろから追いかけるが、足元もおぼつかないマニーは泥の中に倒れこむ。かつては列車強盗や銀行強盗で名を馳せた札付きのワルだったが、11年前に妻と出会ったことで改心し、正義に目覚めた男だが、愛した妻は3年前に天然痘で29歳の若さで天国へと旅立つ。

クリント・イーストウッドにとって、『荒野のストレンジャー』、『アウトロー』、『ペイルライダー』に続く4本目の西部劇であり、最後の西部劇。今はしがない農民暮らしのマニーは、血気盛んなスコフィールド・キッドと名乗る若い男に誘われ、再び暴力の世界へと舞い戻る。今作でイーストウッドはあえて夕陽の向こうからやって来て、夕陽の向こうへと去っていった西部劇のヒーローのその後に焦点を当てる。再び銃を手に取ったマニーだが、10mほど離れたところに置いた障害物にさえ、ピストルの弾は当たることがない。ピストルから筒の長い散弾銃に握りかえることは、卑怯者を意味する。すっかり悪の道から足を洗い、農業に生きるマニーの身体の衰えは顕著であり、豚を素手で捕まえられなければ、馬にも跨がれずに地面にしたたか身体を打ち付ける。『ハートブレイク・リッジ 勝利の戦場』から徐々に顔を見せるようになったイーストウッド自身の老いが今作を覆い尽くす。子供たちの将来のためにまとまった金が必要な男は、近くに住んでいるかつての悪友ネッド・ローガン(モーガン・フリーマン)にも声をかける。同じく農夫として、貧困にあえぐ男の心は揺らぐが、インディアンの妻はマニーの来訪を快く思っていない。呆然とした様子でマニーとローガンの後ろ姿を見つめる妻の表情が印象深い。暴力の犠牲になるのはいつだって男ではなく、女・子供など力の弱いマイノリティの人々に他ならない。彼女たちは長年理不尽な暴力に苦しみ、愛する夫を巻き込む白人に対し憎悪の感情を抱いている。今作に登場する人物たちは正義vs悪の単純な図式には収まらない。主人公は正義のためではなく、金のために雇われたただの賞金稼ぎに過ぎない。その灰色に満ち満ちた世界が西部劇の神話を崩壊させる。

『ダーティ・ハリー』で70年代的暴力に一大センセーションを打ち立てたイーストウッドと対峙するのは、同じく『フレンチ・コネクション』で70年代を代表する俳優にのし上がったジーン・ハックマンである。タランティーノの最新作『ヘイトフル・エイト』のメキシカン・ボブの元ネタとなったイングリッシュ・ボブ(リチャード・ハリス)の咬ませ犬感も素晴らしい。鉄道会社の手先となって多数の中国人を撃ち殺したという伝説を持つ英国人のガンファイターが、例の賞金の話を聞きつけ、伝記作家のブーシャンプ(ソウル・ルビネック)を伴い、ビッグ・ウィンスキーの街にやって来るが、リトル・ビル・ダゲットの悪知恵により、二丁の銃を奪われる。銃を捨てることは西部劇では死を意味する。ここではスコフィールド・キッドに「何人殺したんだ?」と聞かれるが、一向に明らかにしないウィリアム・マニーと、自らの誇張じみた自慢話を延々と語るリトル・ビル・ダゲットを対比的に描きながら、誇り高き殺人鬼と薄汚れた警官とをアンビバレントな鏡像関係で結ぶ。ブーシャンプの書く誇張された物語は西部劇の神話の嘘を暗喩している。『荒野のストレンジャー』におけるよそ者、『ペイルライダー』における牧師と、一貫して名前のない男を演じてきた自身の超然的な西部劇に対し、今作における主人公にはウィリアム・マニーという名前があり、過去の悪行に対し後悔の念を持ちながら、酒も女も絶ち、ひたすら世俗を避けて聖に生きようとする。ここに来て法と正義の行使の不一致は、倫理的ニヒリズムの一つの到達点を迎える。叩きつけるような大雨の中、酒場の表に括り付けられた親友の亡骸をバックに、男の陰惨な復讐劇は静かに幕を開ける。今作は70年代末に原作権を買い取ったイーストウッドが、主人公のウィリアム・マニーの年齢になるのを待って製作された。その足掛け15年にも及ぶ熱意が実り、見事アカデミー賞に輝く。また今作はイーストウッドにとって2人の師匠となるセルジオ・レオーネとドン・シーゲルに捧げられている。

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