【第510回】『セトウツミ』(大森立嗣/2016)

 大阪堺区土居川の緩やかな流れを映し出した幾つかのショット。『道頓堀よ、泣かせてくれ! DOCUMENTARY of NMB48』の冒頭に出て来た道頓堀川とは一味違う両脇のローカルな佇まい。そこは典型的な繁華街ではなく、雑然とした住宅街の中にある風情のある町並みとして立ち現れる。櫛屋町にあるザビエル公園付近、土居川には人の胸の高さあたりにフェンスが張り巡らされ、10m間隔ほどで木々が植えられている。いわゆる人工的に整備された光景ながら、フェンスから5m離れたくらいのところに5段の小さな石畳があり、その上にはまた5m行った辺りに住宅街の狭い道路が真っ直ぐに走っている。今作の主人公である内海想(池松壮亮)と瀬戸小吉(菅田将暉)はその階段のスロープ沿いの下から二段目にポツリと座っている。2人の距離感は必ず人1人分の間隔が開いている。このやんわりとした2人の距離感が互いの関係性を決定付ける。2人は互いに心を許し合いながらも、どこかよそよそしい。マクドの茶色い袋の中に入ったポテトを頬張る瀬戸が突然大きな声をあげる。「このポテト長ない?」10cmほどの長さのポテトをぶら下げる瀬戸を横目で見つめる内海の姿、映画は高校2年生の男の子瀬戸と内海の淡々とした日常をごく淡々と描写する。

毛量多めで左に流し気味の髪型、賢そうに見えるクールな黒縁メガネ、着丈の野暮ったい学ランの着こなし、清潔感のある平凡な白ソックスに黒のローファーという典型的な優等生タイプである内海のファッションとは対照的な瀬戸の着こなしが何とも可笑しい。無造作に後ろになびかせたツンツンヘア、学ランの下に隠したTシャツ、グレーのアンクルソックス、赤のコンバース。優等生な内海とは対照的に、少し学校をドロップアウト気味である瀬戸の着こなしが2人のレイヤーの違いを決定付ける。全8話に小分けにされたシュールなエピソードは、その中間あたりに2人の決定的な出会いを挟むことでより鮮明になる。1年前、高校に入学したばかりの内海はクラスに馴染めず、塾までの1時間30分という貴重な時間を持て余していた。そんな折、ザビエル公園付近の土居川沿いに奇跡的なロケーションを見つけるのである。ここでお気に入りのくるりを聴きながら、表紙カバーを外した宮本輝の『青が散る』を夢中になって読むことが、内海の全て。そんな彼の一匹狼な姿に惚れるヒロイン樫村一期(中条あやみ)の健気な姿。素っ気ない態度を見せる内海にも怯むことなく話しかける樫村の姿を、サッカー部の稽古で走りながら横目で見つめる瀬戸の姿。やがてこの場所が彼らにとって唯一のプラットフォームとなる。学校に折り合いを求めることが出来ない彼らの唯一の居心地の良い空間、ここで繰り広げられる淡々とした日常こそが、単なる殺風景な場所としての土居川に息吹をもたらす。このことが本作を何よりも魅力的にしているのは云うまでもない。

今作には昨今の流行りの青春群像劇にありがちな物語に起因するドラマチックな要素がどこにもない。彼らは互いに派閥を組んで、殴り合うこともなければ、みんなで一緒になって、部活動の優勝というチームとしての目標に全力を注いだりしない。かと思えば、1人の美少女を巡り、壁ドンや顎クイをしながら、ヒロインの心をざわつかせたりなどすることもない。今作は徹底して現状の邦画の青春映画のトレンドを冷笑し、メタ視点として成立するないない尽くしの映画である。瀬戸も内海も互いに思春期特有の悩みを抱えながら、学校にも部活にもなんら希望を見出せず、1時間30分だけの土居川での休憩に真の憩いを求める。SNSで好きな人と簡単につながれる環境に身を置きつつも、内海はなぜか樫村一期には一切なびかない。今作におけるヒロイン樫村一期の造形は、昨今の邦画群像劇史上、最も悲しいヒロインと呼べるのだが、特にエピローグの中で一際鮮明に映る。内海が唯一心を赦せるのは、樫村ではなく瀬戸なのだ。中盤以降、少しずつ家族の不和をやんわりと聞かせる瀬戸に対し、内海の背景や家族関係はほとんど明示されることはない。だが父(奥村勲)や母(笠久美)や祖父(坂口元美)が出て来た瀬戸家よりも、我々感観客はむしろ簡単に明示されなかった内海家の状況を慮って止まない。冒頭の明らかに異物として佇む男(鈴木卓爾)との不穏な距離感、ベラルーシ帰りの大道芸人(宇野祥平)の滑らかな大阪弁、あえて茶髪にした鳴山(成田瑛基)の哀愁も瀬戸内海以上に今作の空気感を決定付ける。『オオカミ少女と黒王子』で問題提起した俳優陣のコスプレ問題も、多少の違和感はあるが、何より菅田や池松ら20代の俳優の存在感をまざまざと見せつける良作に仕上がっている。

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