【第531回】『ゴジラ』(本多猪四郎/1954)

 平和なある日の貨物船「栄光丸」の甲板上、船員たちはハモニカとギターを抱えながら、思い思いに休憩を楽しんでいる。そこに突如飛び出した巨大な爆発音。たちまち船は傾き、船員たちは海に投げ出される。海上保安庁に届いたSOSの知らせ。太平洋の北緯24度 東経141度の地点で起こった事件だとわかるが、詳細はいまだ明かされない。救助に向かった貨物船「備後丸」も、銚子沖で何者かの攻撃に遭い、沈没してしまう。南海サルベージに所属する所長の尾形秀人(宝田明)は海上保安庁からの命令で、急遽本部に出向かなければならない。休暇のために取っていたブダペスト弦楽四重奏のチケットがダメになったと結婚を誓い合った恋人である山根恵美子(河内桃子)に伝えると、「仕事なら仕方ないわ」と笑顔で返す。栄光丸から海に投げ出された船員たちは、途中通りがかった大戸島の漁船に救い出される。地元の漁師・山田政治(山本廉)は、船が不気味な黒い物体に、物凄い力でひっくり返されたと証言するのである。島では島民たち口々に「呉爾羅(ごじら)」の仕業ではないかと恐れる。古生物学者の山根恭平博士(志村喬)と物理学者の田辺博士(村上冬樹)、毎朝新聞記者の萩原(堺左千夫)のほか、娘の恵美子やその恋人の尾形らが同行し一路、大戸島へ向かうことになる。

記念すべき『ゴジラ』シリーズの第一弾。先の大戦の影響色濃く残る1954年、人間が産み出した恐怖の象徴としてゴジラは日本大陸に上陸する。日本政府は当初、未知の生物=民間伝承として事態を重く受け止めていなかったが、徐々に巨大な恐怖が日本全土を覆う。大戸島に向かった山根博士ご一行の前に、突如顔を出した黒い物体の首から上の恐ろしい姿。彼の歩いた跡に拡がる放射能の痕跡。ガイガー・カウンターの値は振り切れ、トリロバイトと呼ばれる三葉虫の化石さえ発掘される。山根博士の調査によれば、恐竜が生息していたジュラ紀〜白亜紀の間に生まれたゴジラが何らかの形で水中深くで生き延び、平穏に暮らしていた。だが人間が行った度重なる水爆実験が元で、住処を奪われたゴジラが人間に危害を加え始める。このゴジラの描写は明らかに当時、ビキニ環礁の核実験をモチーフとしている。当初は全長50mに設定され、機関銃や爆雷攻撃、海岸線を横断するように張り巡らせた5万ボルトの有刺鉄線もまったく歯が立たない。この野蛮な怪獣は戦後復興著しい日本大陸を焼き払い、再び焦土にしていくのだ。その暗澹たる風景の衝撃たるや、過剰なCGやVFXの氾濫に目が慣れてしまった現代人の我々には到底、想像が出来ない。政治的にも会話で解決する糸口さえ見つからない未知の脅威を政府高官たちは直ちに抹殺しようとするが、ただ一人山根教授だけは種の保存・研究を声高に訴える。

放射能にまみれながら、種の保存を絶やさなかった未知の生物。そこに娘のかつてのフィアンセと今のフィアンセがそれぞれの見解を持ち寄る脚本はやや荒唐無稽だが、戦争で片目を失い、恵美子との婚約を破棄した科学者の芹澤大助(平田昭彦)が何とも侘しい雰囲気を醸し出す。陽を浴びない地下室で日夜、研究に明け暮れ、アイパッチを外さない芹澤は、恵美子が巨大船で出航する際、桟橋の向こうから手を振ることもなく、ただじっと恵美子のことを見つめているのである。京浜地区から上陸したゴジラは今の新橋や銀座、田町あたりを次々に破壊し、国会議事堂やテレビ塔、勝鬨橋といった東京のシンボルである風情のある建物を躊躇なく壊していく。人々は逃げ惑い、橋のたもとでは幼い赤子を抱えたもんぺ姿の母親が、赤子を強く抱きながら、静かに震えている。ゴジラとは当初、人間の相次ぐ水爆実験であぶり出されたモンスターながら、一貫して悪役としての造形を一手に引き受けた。クライマックスの「オキシジェン・デストロイヤー(水中酸素破壊剤)」を巡る3人のやりとり。根底に張り巡らせた三角関係を元に、恵美子と尾形、芹澤博士のそれぞれの立場を主張し合うやりとりが凄まじい。もつれ合いながら、顔にキズを負った尾形を恵美子が介抱する横で、ブラウン管テレビの中では平和を祈る祭典が繰り広げられる。賛美歌を合唱する少女たちの儚げな眼差し。その姿に負けたよと言った芦澤は尾形と共に、ゴジラが眠る放射能反応の強い海へ潜る。ゴジラの恐怖もトラウマだが、それ以上に芹澤博士の最期が子供心に目に焼き付いて離れなかった。

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