【第232回】『勝手にしやがれ!! 逆転計画』(黒沢清/1996)

 前作『勝手にしやがれ!!黄金計画』と2本撮りされたシリーズ第4弾。前作は半年間の充電期間を経て、黒沢清の単独脚本で再び思う存分「歌う映画」を楽しんだが、今作では初めて塩田明彦と共同脚本で、原点に立ち返るようなシンプルな物語を展開する。

今作は「ツキ」をめぐるドタバタ劇である。2作目の『脱出計画』、3作目の『黄金計画』では主人公である哀川翔は、どちらかと言えばヒロインに惚れられる立場だったが、今作では1作目の『強奪計画』同様に、哀川翔の方がヒロインを一方的に好いている。やはりこちらの設定の方が主人公のキャラクターは活きる。2枚目で正義感が強く、面倒見が良く、情に厚い雄次というキャラクターには片思いがよく似合う。

彼の一途な愛は、今回もヒロインの正体がばれた時にあっけなく終わりを迎えるのだが、中盤過ぎまでは仁藤優子扮するヒロインに破綻が起きないため、今回こそは恋愛成就かと我々観客を期待させるのである。彼女との距離を詰めるきっかけとなるのは福引きの景品で当たった一等の商品のウォークマンであるが、最も決定的なのは、突如現れたヤクザの組長が持っていた1000万円だろう。ツキに見放された雄次はその1000万円の入った黒いカバンを躊躇なく拝借し、自らのアジトに戻り、シリーズの中で初めて部屋の鍵をかけるのである。

黒沢単独の脚本というのは、突拍子もない展開が二転三転しながら、観客を煙に巻く。前々作にも明らかだったように、主人公たちはいつも「ここではないどこか」へと急に旅に出ることを思い立つ。『脱出計画』において、彼らはオーストラリアへの移住を思い立ち、そこに1人2人と仲間が増えていき、密航船を頼りに海へ出ようとする。前作においても、宝のアジトが書かれた地図を見ながら、人里離れた森の中で探検をする。そういう日常ではない非日常の空間への憧れを主人公たちは抱えながら、突発的な行動に打って出るのである。

今作においてもそのきっかけはしっかりと転がっている。タバコ屋の娘は自分の平凡な人生を嘆きながらも、いつかハワイに行って、楽しく暮らしたいと思っている。そのための英語の学習であり、おそらく同級生であろう好意を寄せる青年のハワイ行きの誘いを断りながらも、彼女の胸に宿るハワイへの思いは日に日に強くなっている。黒沢単独の脚本であれば、登場人物たちはこの欲望に忠実に動くのだろうが、その突発的な衝動を塩田明彦が無理矢理抑え込んでいる印象がある。(そう何度も海外へ逃げる設定をアレンジ出来ないのも一方ではあったのだろうが・・・)

哀川翔は1000万円を元手に、タバコ屋の娘とハワイに行こうと試みるのだが、どういうわけか「次に会う機会には」と言って、突発的な衝動を脚本の力で抑え込んでいる。案の定、仁藤優子の父親である河原崎健三により、その1000万円は持ち逃げされ、競馬で一気に使われ、彼らのハワイ行きの未来は立ち消えになる。河原崎健三扮する父親は極度のギャンブル依存であり、しがないタバコ屋を一気に傾かせた張本人でありながら、いまだに懲りていない。にも関わらず、真面目なはずの仁藤優子までが悪に染まり、ギャンブルで一発逆転にかけてしまうのである。

中盤からクライマックスまでの一連の流れは、哀川翔と前田耕陽よりも、黒沢組常連である下元史朗の独壇場と言っても過言ではない。ツキに見放された哀川翔の元に、突如1000万円を運び込んだ突飛なキャラクターでありながら、その後、哀川翔のアジトの前で河原崎健三と目が合い、それからしばしの追いかけっこの後、1000万円を奪い返し、更には神崎組の取り立ての元で窮地に陥った哀川翔と前田耕陽のラスト・ミニッツ・レスキューの立役者となるのである。今シリーズにおけるレギュラー陣は、洞口依子、大杉漣、諏訪太朗のみであるが、黒沢は明らかに下元史朗扮する黒川という人物に過度な思い入れを持っている。ある意味、哀川翔と前田耕陽の関係性よりも、哀川翔と下元史朗の関係性にフォーカスした変わった設計であり、シリーズ4作目にして早くも手詰まりな印象は否めない。

塩田の脚本も、黒沢の破綻は抑えることに成功しているものの、それぞれのキャラクターに合ったドラマが生み出せているとは到底言い難い。哀川翔と前田耕陽の関係性がシリーズ中、最も不明瞭であり、敵役であるヤクザとの関係性も今ひとつはっきりしない。シリーズ史上最も破綻を抑えた作品ながら、ドラマとしての盛り上がりはまた別のところにあるのが映画の難しさなのかもしれない。

#黒沢清 #哀川翔 #塩田明彦

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