【第560回】『雲のむこう、約束の場所』(新海誠/2004)

 1996年、北海道は「ユニオン」に占領され、「蝦夷」(えぞ)と名前を変えていた。日本は朝鮮半島のように南北に分断され、国境線付近では緊迫した状況が続いていた。蝦夷側には天高くそびえ立つ、「ユニオンの塔」と呼ばれるシンボリックな塔が人間たちの緊張関係をあざ笑うように、空に向かってそそり立っていた。青森に住む中学3年生の藤沢ヒロキ(声=吉岡秀隆)と白川タクヤ(声=萩原聖人)は、津軽海峡の向こうにそびえ立つ塔にあこがれ、「ヴェラシーラ」と名づけた真っ白な飛行機を自力で組立て、いつかそれに乗って塔まで飛ぶことを夢見ていた。スケート部のタクヤは後輩たちから熱い眼差しを受けていた。卒業間近の時期にラブレターをもらうが、タクヤにその気はない。彼は同じクラスの沢渡サユリ(声=南里侑香)に淡い恋心を抱いていた。弓道部のヒロキの放課後の帰り道、同じ列車を待つヒロキとサユリは偶然一緒になり、同じ号車に乗り走り出す。タクヤもヒロキもクラスメイトのサユリに恋心を抱いており、飛行機作りに興味を持った彼女にヴェラシーラを見せ、いつの日にか自分たちの作った飛行機で、佐由理を塔まで連れて行くことを約束する。

『彼女と彼女の猫』 『ほしのこえ』に続く新海誠初めての長編作品。中学3年生の3人の微妙な恋模様と三角関係が、南北に分断された日本の中で繰り広げられる。新海誠の代名詞となった列車が線路を走る音を冒頭に配し、空から差し込む光、青い空と白い雲、懐かしい駅や廃屋、教室などの的確な絵コンテと背景描写を駆使しながら、誰しもが体験したノスタルジックな青春時代を思い起こさせる。タクヤとヒロキは物心ついた時から「ユニオンの塔」のシンボリックな美しさに魅せられ、政治的緊張とは無関係にいつか塔のすぐそばで、遠目にもキレイに見える塔の全貌を眺めたいという夢を持っている。学校の勉強と部活との両立を果たした上、2人は蝦夷製作所の社長である岡部(声=石塚運昇)の元で「ヴェラシーラ」と名付けた自作の飛行機を製作している。そんな2人の夢に遅れて乗っかるのが沢渡サユリである。ヴァイオリンの能力に長けた少女は2人の気持ちなど知らないまま、「ユニオンの塔」まで飛ぶことを楽しみにしている。タクヤとヒロキの2人にとっても、憧れだった「ユニオンの塔」が3人にとって大切な約束の場となる。中盤までは単なる三角関係の青春モノと思っていた物語は、中盤以降突如国家レベルをも巻き込んだ「セカイ系」の物語へとなだれ込む。

前作『ほしのこえ』で同じ学校に進学し、もう一度一緒に剣道をしたいという美加子とノボルの思いが叶わなかったように、タクヤとヒロキ、サユリの3人の思いは、突如決まったサユリの転校により引き裂かれる。サユリの不在がタクヤとヒロキの夢にも影響を及ぼし、結局タクヤは地元・青森の高校に進学したが、ヒロキは約束の場所であった「ユニオンの塔」が見えなくなるよう、中学卒業後は東京の高校に進学し、学校寮に寄宿している。だがサユリの突然の転校の理由が国家間の陰謀によるものだとわかってから、映画は「普遍的な日常」を扱った物語から国を揺るがすような国家規模の物語へと一気にシフトアップしていく。恐らくロシアとアメリカが覇権を争い、南北に分断した日本で「ユニオンの塔」がもたらす不思議な力により、平行世界という難しい用語が入り乱れる。米日軍vsユニオン軍の不明瞭な背景、エクスン・ツキノエがサユリの叔父であるという関係性、中盤から存在感を放つ岡部と富澤(声=井上和彦)がかつてタクヤとヒロキのように、飛行機を作っていた過去が明かされるものの、それら全ての細部の書き込みが不明瞭なため、要領を得ない。ユニオンの塔の物理的構造であるナノネットの巨大なリボン構成も丁寧な説明を避け、専ら外部の事象に逃げるため、クライマックスの描写はやや唐突に見える。だが前作で美加子とノボルが8年7ヶ月もの時差をシンクロニシティで克服したように、今作でも15歳で眠りに落ち、時が止まっているサユリとヒロキは数年間の時間差を克服しながら、約束の場所で出会う。キミとボクのモノローグで語られる物語は長編になったことでやや混乱が生じているものの、「セカイ系」と呼称される物語の源流には新海誠がいることを強く印象付ける。

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