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「声にしなければ伝わらない」とはよく言ったものだ。
私もそう思っていた1人で、声がその人の思いの全てだと思っていた。

私は大学1年生の頃、様々な学校に通う人が入居する学生寮に住んでいた。
入寮してすぐの寮内説明会の時、声をかけてくれた子と仲良くなった。

ここでは名前をNとする。Nは赤茶色の髪をショートカットにしたボーイッシュなスタイルの子だった。髪色と同じ、くりくりとした丸い瞳でまっすぐに私を捉えた彼女に、私はすぐに惹きつけられた。

彼女と私は同じ階の部屋に住んでいることが分かり、すぐに互いの部屋に行き来するほど仲良くなった。

大学はそれぞれ違ったが、帰寮して待ち合わせをして食堂に行き、一緒に食事をとり、大浴場の湯船に浸かり、枕を持って部屋に集合するのが、私たちの日課になった。

次の日が休みの時は、ベッドに寝転がりながら語り合った。部屋の電気を消して、天井にプラネタリウムを灯して、夜が更けるまで。他愛のない話からお互いの身の上話まで、とにかく語り尽くした。

Nも私も、高校まで不登校を繰り返していた。学校に通うということに人一倍不安を抱きやすく、互いにスタートした新しい学校生活に戸惑いながらも、2人で集まることで心身のバランスを取っていたのかもしれない。

「みくと同じ学校だったら、毎日楽しいのにな」

Nはポツリと言った。
それは私も同じ気持ちだった。慣れない学校を頑張って寮に帰ってくれば、Nがいてくれる。彼女は心の支えだったし、私もNの支えになりたい。そう思っていた。
 
5月になって、Nは日中も寮にいることが多くなった。大学を休みがちになったのだ。生活リズムも逆転し、一緒に過ごす時間が減っていった。彼女は何かに悩んでいるようだったが、私が聞いても言葉を濁すだけだった。

「声に出してくれなきゃ分からないよ」
Nの本音を聞き出したかった。
でも私の言葉に、Nは苦しそうに笑うだけだった。

セミが鳴き始めたころ、Nは大学をやめた。
大学をやめたということは、退寮するということでもあった。

引っ越しの日、Nは私に会いに来た。
「つらければつらいほど、声にならなかった」
Nは声を震わせた。

私はずっと、Nに信用されていないから何も教えてもらえないのだと思い込んでいた。しかし誰もが、心の声を表出できるわけではないのだ。泣きながら言うNの姿を見て、私はようやく理解した。言葉が出ず、ただ彼女と一緒に泣くことしかできなかった。

本当につらい時は、声にならない。伝えたくても、叫び出したくても、のどが詰まったように苦しくて、音にならない。

5年経った今でも、あの日の言葉にならない思いが忘れられない。

                  text/みく

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