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インボイス開始1ヶ月 免税事業者に取引排除や値下げ要求相次ぐ 市民団体「運用停止を」

 新税制インボイス制度が始まって1ヶ月。免税事業者に対する取引からの排除や値下げ要求が相次いでいるなどの現状を受け、インボイス制度を考えるフリーランスの会(以下「STOP!インボイス」)が11月13日、財務省、国税庁、中小企業庁、公正取引委員会に同制度の運用停止・中止・廃止を求める「要請書」を提出した。22日までの回答を求めている。

 インボイスとは複数税率の下で、消費税を公正に徴収するための適格請求書等保存方式。従来は免税事業者だった年商1000万円以下の事業主に対し、インボイス発行事業者に登録して課税対象となるか、登録せずに消費税を自身か取引先か消費者に転嫁するかの、二者択一を迫るものだ。仕入れ先がインボイスに登録していないと仕入れ元は仕入税額控除が受けられず、税負担が重くなる。このため、インボイスに登録していない免税事業者を取引から排除したり、仕事の対価を値引きしたりする事態が急増している。

ポジティブな理由の登録、わずか2%

 
 STOP!インボイスは10月20日〜31日、オンラインでアンケート調査を行った。有効回答数は2868件。回答者の属性は年商1000万円以下の事業者が6割を占めたが、会社員も3割近くいた。インボイスへの登録状況は「すでに登録した」39・9%、「登録を検討中」11・1%、「今後も登録するつもりはない」37・9%。

 登録した理由は「すでに課税事業者だった」が45・2%。一方、免税事業者からは「強制があったわけではないが、登録しなければ仕事が継続できなさそうだと感じた」39・5%、「登録しなければ仕事をもらえないと取引先に言われた」14・1%、「登録しなければ報酬を値下げすると取引先に言われた」12・9%など、不利な状況でやむなく登録したという後ろ向きな理由が大半を占める。ビジネス拡大のチャンスなど、ボジティブな理由は2%に過ぎなかった。

過半数が「経理事務負担が増えた」

 インボイス制度によって起きた変化では「経理事務負担が増えた」が52・4%、「社内外への説明や交渉などの業務負担が増えた」35・7%、「消費税の負担増や値引きによって手取りが減る」34・5%など。

 インボイスの事業への影響を聞いたところ、「廃業を検討している・廃業した」7・7%、「勤務先の退職・異動を検討、すでに退職した」4・4%、「廃業はしないが、事業・仕事の見通しは悪い」55・4%で、回答者の約7割がインボイスによってマイナスの影響を受けていた。

「ネコババ」「脱税」……相次ぐ誹謗中傷

 自由記述では、一方的な取引停止や値下げ通告の訴えが200件を超えた。免税事業者に対し、「着服」「ネコババ」「脱税」などの誹謗中傷の訴えも、複数報告された。

 ・取引先から「着服、ネコババし続けるつもりか」と誹謗中傷を受けている。(札幌市、50代)

・企画・制作系の仕事をしています。インボイス未登録というだけで犯罪者・脱税などの誹謗中傷を受けたり脅迫めいたメッセージが届いたりしたこともあり、心労に悩まされています。仕事の依頼自体も半分以下に減りました。(千葉県、20代)

・カメラマンです。「益税」「ポッケナイナイ」「ネコババ」「そんな仕事やる価値ない」。そうした言葉の数々に正直やる気を失っている。(東京都、50代)

公正取引委員会が取り締まれない「サイレント排除」について説明する小泉なつみさん=東京都内

公正取引委員会が取り締まれない「サイレント排除」


 経理や税理士から「インボイス登録していない所との取引はなるべくしないように」と社内にお達しが回るなどの「サイレント排除」の事例も報告された。「STOP!インボイス」共同代表の小泉なつみさんは「下請法にひっかからない、こうしたサイレント排除は公正取引委員会も取り締まることができない」と訴えた。

 政府はインボイス導入にあたり、6年間の経過措置期間を置き、免税事業者からの仕入れ課税額について、最初の3年は8割、次の3年は5割控除するとした。これについても、かえって取引事務が繁雑化し、免税事業者の排除を促進しているという意見が、経理担当者らから寄せられた。

 集会に参加した全国青年税理士連盟の亀川貴之さんは公正取引委員会に対し、この点を突いた。「クライアントからもよく質問されるが、経過措置がある時に、免税事業者との取引額から控除されない分の2%(10%の2割)を引いていいのか。仕入れ経費が認められれば減額幅はそれより小さくなるはずだ。どのあたりが公正な取引になるのか」。その上で「経過措置が終わった後は引き下げ幅が10%になり、さらに影響が大きくなる。指針を示していただかないと現場が困る。ぜひ指針を」と求めた。公正取引委員会の担当者は「インボイスの導入に伴う取引額の一方的な値下げはそもそも認めていない」と繰り返すのみだった。

「インボイスの中止・停止・廃止を求めます」

 
 小泉なつみさんは、要請書を手渡す際に改めて訴えた。

 「インボイス制度が始まって1ヶ月が経過しました。この間、免税事業者の尊厳が守られていないと感じています。取引からの排除や強制的な値引きが相次いでいます。これらをなぜ防げないのか。なぜセーフティネットがないのか。ここに書いてある制度の問題点が是正されなければ運用は中止・停止・廃止しかないと思っています。ご検討をよろしくお願いします」

 

超党派議員連盟の国会議員からもインボイス制度の瑕疵の指摘が相次いだ=東京都内

当事者からの報告

 集会では、インボイス制度によって大きな影響を受けた当事者からの報告もあった。

コンビニの領収書は無効。ATMの住所が必要。


■全国青年税理士連盟の亀川貴之さん
 私の事務所の事例をお話したい。税理士1人の小さな事務所だが、毎日インボイスの問い合わせがある。クライアントの悩みも大きい。

①   インボイス登録をしていない事業者との取引について問い合わせが多くある。一般の人にはわかりにくい。登録していない事業者と取引をすると経費にならないのではないかという質問がいまだにある。「そんなことはありません」と答えているが、事務所ではすべてのクライアントに30分ほど事前説明をしているが、それでもこういう質問が出る。理解が難しい制度と改めて感じている。

②   値引きの問題。インボイス登録をしていない業者、建設業ですと一人親方などで、引き続き免税事業者を選択する人が多い。こちらに対して支払う側から「1割値引いてもいいよね」と聞かれた。「経過措置があるので、当初の3年間は10%は引けませんよ、2%だけ」とお伝えしたが、それが妥当なのか疑問だ。

③   非常に小規模でインボイス登録を選択されなかった運送業者に通知が来た。「2023年10月以降は消費税額の2割相当を控除します」。支払う側は損金や必要経費になるからそこまで減らすのは妥当かというところはあるが、これから3年後には5割相当、6年後には10割相当と影響は大きくなる。

④ 家電商品をネットで購入し、コンビニエンスストアで支払った。コンビニの領収書は発行されたが、販売元ではないので、インボイス番号が記載されておらず、消費税も記載されていない。販売元に確認したが、コンビニ支払いの領収書が正式なものなので、別途の領収書は発行しないといわれ、控除できなくなった。

⑤   飲食店の領収書。インボイス番号と総額が書かれているが、消費税、税率、税額が書かれていないものが本当に多数発行されている。これも厳密に解釈するとインボイスの条件を満たしていないので税額控除できない。非常に多くの問い合わせがあり、また領収書の再発行で手間がかかっている。

⑥   商慣習的に売り上げ代金を支払う時に振り込み手数料を引いて払うということが多い。当初、返還インボイスが必要ということになっていた。それが大変なので、値引き慣習をやめてくれという依頼が来ていた。ところが今年になって、返還インボイスが不要と方針がぶれたことで、現場担当者が非常に混乱している。この商習慣を当初から考慮にいれて制度設計する必要があった。

⑦   買い手負担の手数料は銀行窓口で支払う場合はインボイスの保存が必要。ATMの場合はインボイスは不要だが、ATMの場所、住所を記載しないといけない。これも煩雑です。インターネットバンキングの場合はネットでインボイスのお知らせ等を受領すると。少額だが、手間が生じてしまっている。

⑧ コインパーキングの経営者。インボイスに対応した発券機の設置が間に合わなかった。郵送で領収書を再発行しなければならなかった。1件あたり数百円、数千円の少額取引なのに莫大な手間と経費がかかっている。経過措置として、インボイス導入から6年間は1万円未満の取引はみなくていいという特例が出たが、これを最初からすべての業者に運用していれば、よかった。

⑨   国は電子化、簡素化の未来を描いていると思うが、実態はインボイスにより、ハンコを買いに行ったり、領収書に手書きでTから始まる番号を書いたり、タクシーを降りるときにインボイス要りますというと、運転手がハンコをペタペタ押したりと、細かい事務負担が現場に積み上がっている。DX推進の中で無駄な手間と時間だ。

 インボイスが始まって1ヶ月でこれだけの問題が起きているが、本当に深刻になるのは来年の確定申告時だ。私は対応しきれないと思う。ほかの国と比べても日本は確定申告期間が非常に短い。消費税の申告を初めて行う事業者は、従来の青色申告書と違い、とても手書きではできない。確定申告の期限を延長するなどの緩和措置、経過措置が必要になると考えている。

インボイス導入後、免税事業者だけでなく、すべての課税事業者に事務負担が生じている。日本のインボイスは現場の事務負担が考慮された制度設計になっていない。消費税の複数税率、納税義務の判定、年末調整制度など、税制は難解複雑化する一方だ。経理担当者の人材も不足している。納税者にわかりやすい税制改正が求められている。インボイスによる税の増収は2500億円と言われているが、事務コストは何兆円にも及ぶ。
 国民に過度な負担を強いるインボイス制度は強く廃止を求めていきます。


「STOP!インボイス」は財務省、国税庁、中小企業庁、公正取引委員会にインボイスの停止・中止・廃止を求める要請書を手渡した=東京都内

 ほかに、3人の手紙が代読された。

納税額が利益を上回り廃業

■免税事業者だったが、廃業した茨城県の農家(67)

コメと野菜を作っています。コメ農家は国に守られているという誤解が広がっているみたいですが、実際にはいじめられていると感じてしまうことばかりでした。僕がコメ農家を始めたころは食糧管理法に基づいて、政府が生産者からコメを買い入れる法律があった時代です。その後1995年に食糧法が施行され規制緩和が進み、減反政策が廃止となり、自由化が進むものの、さまざまな規制は残った。ある程度の規制は仕方のない部分があるが、販売に関しては「勝手に売ることはダメ」と言われていたところから、急に「自分たちで責任を持って売りなさい」と言われ、それは短期間での大きな変化でした。「経営者の気持ちになって売りなさい」と言われ、やったことのない販路の開拓をしたり、他の野菜を作り始めたりし、今に至ります。なんとか細々と続けていたのですが、この数年コロナに加え、燃料や電気代の高騰でコストは高くなるし、肥料や飼料も輸入がほとんどなので円安の影響でこちらも高騰です。これって農家ではなく、政策の責任ですよね。

減反とこんな現状から、周辺には耕作放棄地が増えてきました。それでもなんとか兼業で続けてきました。利益がほとんど出ないのでもちろん兼業です。大規模ではないし、野菜も複数扱っているので、地産地消の市場にすべてを出荷していました。2年前にこの市場で簡単なインボイスの説明会があった。インボイスに登録しなければ、関係を継続できないという話でした。そこからインボイスを調べてみたら移行措置はあるものの、最終的には売り上げの10%がいずれ納税対象になると。そうなると納税額が利益を上回ってしまう。廃業以外の選択肢はありませんでした。

家族が食べる分だけを作って、あとの土地は売ることに。農業を企業化している会社に農地を貸すことも考えたのですが、その場合もインボイスが関係あるかを調べていたら、土地そのものは非課税だが、農業設備や施設などは課税対象とわかり、制度が複雑でさまざまなことが面倒になってしまって。

これからは工業化された農作物しか成功しない世の中になる。個人的にはコスト削減で、効率的に作る作物、土や作物に愛情を持つような感覚のない人がつくる農作物は怖いと思う。けれども、それは日本人が選んだ道なのです。政治家のみなさん、国民のみなさん、プロが手塩にかけて安全性と味を追求した農作物が消える世の中でいいのですか?インボイス制度ってお金だけの話ではなく、国民の健康に深く関わると、辞めていく僕は本当にそう問いたいのですよ。


常連客「インボイスないなら割り引いて」

 ■課税事業者にならざるをえなかった東京都の飲食店経営者

私は12歳で中国から日本にきて、都内でお店を始めて10年以上になります。この物価高で日々4〜5軒の八百屋を巡り、少しでも安くて新鮮な材料を手に入れようと努力しています。

インボイスが始まってから常連の会社員がお店に団体で来てくれました。そのときの売り上げは4万円ほどだったと思います。後日、その会社員から店に電話があり「昨日の飲食代のインボイスをくれないか」と言うのです。「うちはインボイス出せません」というと、「なら10%値引きしろ」と言われました。どう返していいか分からず「今度お店に来た時に消費税分を返す」と約束してしまった。

私は中国生まれで日本語の読み書きも得意ではなく、複雑なインボイス制度を理解することは難しいです。相手はランチでもうちのお店を使ってくれる常連さんです。そんなお客さんからインボイスについて何か言われても、その場でうまく答えることもできません。毎回説明するのも負担なので、この間、インボイスに登録しました。

物価高で仕入れも高額になっています。毎日買い物に行くたびに何回もレシートを確認します。コロナがやっと終わってお客さんが戻ると思った矢先に今度は物価が上がり、インボイスが始まってしまいました。インボイス制度があってよかったと思ったことは一度もありません。どうか商売を続けさせてください。

インボイスの廃止を求める集会で掲げられたバナー=東京都内で


経理も負担増。誰も得しない

 ■税理士法人「テンタレント」の斎藤俊哉さん

請求書のひな形変更。インボイス番号がある・ないの確認。インボイス番号の記載がない場合も登録申請中の可能性があり、発行企業に問い合わせをする作業。経過措置判別の取引仕訳処理による経理業務の作業負担の増加。制度理解のための研修参加など時間の浪費。経過措置に対応した値段交渉やすりあわせ。インボイスを原因とするブルシットジョブがあらゆる事業者の間で発生しています。

インボイス制度は免税事業者やフリーランスの問題として捉えられがちですが、それは大きな間違いです。たとえば従業員が10人以下の零細企業の多くは経理業務を記帳代行として顧問税理士に委託している場合が多く、税理士事務所への事務負担が増加している場合が多く、値上げしたり、値上げを検討している会計事務所が45%ほどという報告もあり、依頼する事業者の経済的な負担増が起こっています。

また、零細企業は人や金のリソースが慢性的に足りていないことがほとんどで、一人が様々な業務を兼務していることが多いことから、生産性のない確認作業が加わることで、インボイス対応に割かれる時間搾取によって、本業への経済活動に影響が出ています。中規模の中小企業ではインボイス番号をOCR機能で読み取る設備への投資や、システム導入の費用負担増、経理部門を増員するなどの追加費用負担が発生しています。

経理オペレーションをゼロベースで見直す企業も出てきており、そこでも、お金と時間のコスト増加が問題になっています。

経理部門の残業が大幅に増え、負担増を理由に経理部門から退職者が出ています。経理部門は会社の重要部門であり、外部への委託には神経を使い、人員の確保に時間とコストがかかります。経理から退職者が出ることで会社運営に混乱が生じている。

インボイス制度について改めて感じることは「誰も得をしない」ということです。時限的に儲けられた経過措置は複雑すぎで、明らかに税の3大原則の「簡素」から逸脱している。政府は中小企業を淘汰したいのか、いじめたいのか、と疑わざるを得ない制度だと思う。中小企業の成長の足かせとなるインボイス制度に反対します。

              (阿久沢悦子)

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