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生まれつき、僕の胸には穴があいている。

「生まれつき、僕の胸には穴があいている。」

覗いたって何も見えやしないのに、裸の僕には視線が集まった。こんなことで目立ちたくもないし、同情されるのもまた違う。普通で居たかったんだ。だからずっとプールや海水浴が嫌いだった。身体測定とか、とにかく人前で服を脱がなきゃならない機会ぜんぶが嫌いだったんだ。


「お前が優しいのは、ぜんぶ"俺"のおかげなんだよ。」

"穴"にはいつもそう言われてた。最初に言われた時はカッとなって殴ろうとしたけど、"穴"は"ある"けど"ない"もんだから殴りようがない。"オバケ"みたいなもんだったんだ。胸に"オバケ"がいるだなんてさぁ、ピョン吉ならまだ自慢できたかも知れない、Q太郎って名付けられるくらい可愛ければ友達にもなれただろうけど。そんなイイもんじゃなかったんだ。必死で隠しながら生活してた。まぁ、服を着ていれば普通の人と同じように街を歩けたし、暗ければ気付かれることなく女も抱けたんだけどね。

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「優しいんですね。」

冷たい手の女に温かい缶コーヒーを買ってやったとき、そう言われたんだ。いつも"オバケ"に言われている言葉を思い出してハリボテのような気持ちにもなったけど、これもいつものこと。なんだかんだで落ち着くのはやっぱり、外見ばかりが立派なラブホテルだったしね。それもいつものことだったんだ。いつものように部屋の照明を暗くして、そしていつものように裸になって。慎重ながらもいつも通りにコトは進んでたんだよ。

でもね、女が照明を操作するパネルの上に缶コーヒーを置いちゃったんだ。部屋はどんどん明るくなってきてしまって。出会ったばかりの女に、僕は胸の"オバケ"を曝してしまうことになったんだ。とにかく居ても立ってもいられなかったよ。空気読めってオデコに書いて黙りこんだり、透明人間になって自分で自分に他人の振りをしてみたりもした。顔から火が出るとよけいに部屋は明るくなっちゃうし。"穴"はあるけど、入れるわけないじゃんねぇ。


「便利ですね。」

耳を疑ったけど女は確かにそう言ったんだ。そう言って、もう一度手に取った缶コーヒーを、次は僕の胸の"穴"に置いたんだ。そして女は満足そうに微笑んだ。あまりにしっくりきたんで、僕も思わず笑っちゃったんだ。それからしばらく大笑いしてたけど、"カップホルダー"だけは苦そうに笑ってた。


その日からだな、僕の胸の"穴"が、"ある"けど"いなくなった"のは。

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