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漫画原作:『蹴鞠の君~鞠庭秘抄』第3話

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『蹴鞠の君~鞠庭秘抄』第3話シナリオ(※マンガ原作形式)


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タイトル『蹴鞠の君~鞠庭秘抄』 第3話
「藪(やぶ)の中~経澄(つねずみ)の秘められた過去~」
※第3・4話は『今昔物語集』巻二十九 第二十一・二十三話をもとに、時代と登場人物を置き換え、新たな要素を加えて再構成したストーリーです。

字幕「平安時代:康和4(1102)年 平安京左京七条東市」
経澄の声「若ぁ!! 蹴鞠丸(けまりまる)様ぁ~!!」
平安京左京の堀川小路(ほりかわこうじ)と東市(ひがしのいち)のある七条大路とが交差する界隈。店棚や倉庫がひしめき合っている。
晴れ空に雲が浮かぶ中、貴族や庶民の男女が市を行きかっている。
市の辻では軽業や田楽(でんがく)を行う芸能民が人々の目を楽しませている。
※東市は第1話10ページに登場した場所と同じ。

経澄は額に汗が浮かべ、落ち着きのない表情で人を探すように左右を見回しながら、板葺(いたぶき)の店棚が軒を連ねる東市の路を歩いている。
※経澄は、折烏帽子(おりえぼし)に直垂(ひたたれ)、括袴(くくりばかま)、腰に太刀を下げている。

擬音「フゥ…」
経澄独白「まったく "八条亭"(やしき)を勝手に抜け出されて困ったものだ」
俯きながら、両目を閉じて長嘆息する経澄の上半身のアップ。


2―3ページ


擬音「ドカ ドカ」
女通行人「きゃあ!」
経澄「すまぬ 道(さき)を急いでおるものでな」
男通行人「いて!」
経澄「ややっ すまぬ!」
通行人にぶつかるたび、申し訳なさそうな表情で相手に謝る経澄。
武士にも関わらず、右手を首筋に当てて、どこか腰が低い。

男通行人「やれやれ…立派なお武家さまが 貴族の若君の御守役とは……」
男通行人「ご苦労なことだ……」
走り去っていった経澄を見る数人の通行人。
年かさの男通行人がウダツの上らぬ経澄の境遇を思い、ため息混じりにつぶやく。
経澄にぶつけられた男女の通行人は、肩や頭を押さえながら痛みに顔をしかめている。
※庶民のつぶやきを通して、読者に蹴鞠丸と経澄の主従関係を端的に伝える。

字幕「午業・藤袴兄弟の店棚」
経澄の声「お~い!」
鞠括(まりくくり)職人である午業(ごぎょう)と、沓造(くつつくり)職人である藤袴(ふじばかま)兄弟の店棚の外観。

萎烏帽子(なええぼし)に直垂(ひたたれ)、括袴(くくりばかま)、脛巾(はばき)姿の午業と藤袴兄弟。
午業は店棚の床に座り、鞠を作っている。
傍らには、弟の藤袴が座り、浅沓を作っている。


午業「これは 旦那……」
立ち上がった午業は、経澄の前で腰を屈めて挨拶をする。

経澄「おぬしたち…はぁはぁ…若を知らぬか?」
息を乱し、大粒の汗を額から流しながら差し迫った表情で午業に話しかける経澄。

午業「ええ…さっそく 新しい鞠を試したいとかで…」
藤袴「大内裏に行くと…」
言いにくそうにお互いの顔を見合わせながら、経澄に答える午業と藤袴。

蹴鞠丸に鞠を手渡した様子を思い出す午業と藤袴の兄弟。
半尻(はんじり)に小袴(こばかま)姿の蹴鞠丸は、新しい鞠を両手で抱えてうれしそうに笑みを浮かべている。

鞠を両手で抱えながら、うれしそうな表情で東市の西側を南北に通る大宮大路を北の大内裏に向かって走り去っていく蹴鞠丸。
目を閉じて苦しそうな表情で必死に蹴鞠丸の後を追う半尻に小袴姿の綱丸。
※兄弟の回想はここで終わる。


4―5ページ


経澄「大内裏だとぉ~!!」
午業の耳元で、あたりはばかることなく大声を張り上げる経澄。
午業はたまらぬとばかりに両手で耳を塞ぐ。

擬音「カチン コチン!」
巨大な朱雀門の外観。
内裏の南門である朱雀門を想像しながら、石像の姿となって硬直する経澄。

擬音「ハッ」
藤袴「だっ…旦那…」
不安気な表情で経澄に声をかける藤袴。
藤袴の声にハッと我を取り戻し、石像の姿から元に戻る経澄。
※ボロッと石膏がはがれおちて中身が露わになるイメージで。

擬音「ドヨォ~ン」
経澄「…すまぬな 迷惑ばかりで」
兄弟「いえ…」
目を閉じて溜息をつきながら、深くうな垂れる三人。

擬音「ゴクッ」
午業「それよりも 旦那…」
深刻そうな表情で経澄に語り掛ける午業。


経澄「ん?」
午業の呼びかけに、我にかえり顔をあげる経澄。

午業「鞠のお代をいただきたいのですが…」
申し訳なさそうな遠慮がちの表情で揉み手をする午業。

擬音「ハァ…」
経澄「……いくらだ」
溜息混じりに右手で烏帽子をおさえるように頭を抱えて嘆く経澄。

(時間経過)

午業の声「やれやれ…旦那も大変なこった……」
銭を払い、店棚から走り去っていく経澄の後姿を見送りながら、
午業は、蹴鞠丸に振り回されてばかりの経澄の境遇に同情を示す。


6―7ページ


藤袴「院の寵臣(ちょうしん)である右衛門督(うえもんのかみ)様にお仕えしているとはいえ…」
藤袴「童(わらわ)のお守り役では…武士の名折れでしょうに…」
藤袴は午業に呆れ顔を向けながら、自嘲気味に経澄を嘲る。

午業「とは言うがな…藤袴…」
午業「公家の若君であのような気さくな方は他におるまいて」
真面目な表情で腕組みしながら藤袴に答える午業。
午業の右手には、糸を通して束ねられた錢の束が握られている。

擬音「コクリ」
午業の言葉に頷く藤袴。

藤袴「でもよぉ…兄者…」
照れくさそうに右手人差指で右頬をかく藤袴。

藤袴「お代を払わねえで行っちまうの…どうにかなんねえすねぇ~」
午業「まったくだ」
右手で頭を抱える藤袴。
藤袴の傍らで頭をガックリとうな垂れる午業。

(時間経過・場面転換)


字幕「平安京大極殿」
擬音「ポーン!」
大極殿の甍(いらか)を背景に天に高く上がる鞠。
大極殿は重層の入母屋造で、東西に両手をのばしたように回廊がのびている。

蹴鞠丸の声「綱丸 向こうだ!」
綱丸「ハァハァ…」
綱丸は苦しそうに大粒の汗が浮かんだ顔を歪めながら、息を切らせて鞠を追っている。
※綱丸は、垂髪(すいはつ)に、半尻(はんじり)、小袴(こばかま)を着て、浅沓(あさぐつ)を履いている。蹴鞠丸も同じ装束だが、貴族の子弟らしく文様が入っている。

綱丸「やぁ~!」
掛け声とともに綱丸は左足で地を蹴り、空中に身を躍らせながら鞠に右足を延ばす。

地面に落ちてゆく鞠に延びた綱丸の浅沓(あさぐつ)を履いた右足のアップ。


8―9ページ


擬音「ポン!」
鞠は綱丸の右足に当たるものの、あらぬ方向に飛んで行ってしまう。

コロコロと地面に転がる鞠。

綱丸「ああ…」
綱丸は息を荒げながら、目を細めて悔しそうに鞠を見つめる。

しゃがみ込み、地面から鞠を両手で拾い上げる蹴鞠丸。

蹴鞠丸「ははっ……綱丸は 一向に上達しないなぁ~」
蹴鞠丸は拾い上げた鞠をサッカーのリフティングのように右足で蹴り始める。
鞠で遊びながらも、笑顔を綱丸に向けている。

擬音「ションボリ」
何気ない蹴鞠丸の一言に、肩を落とし表情を曇らせる綱丸。

蹴鞠丸「……」
綱丸を傷つけたことを悟り、バツの悪そうな表情の蹴鞠丸の顔のアップ。


擬音「ポン ポン」
蹴鞠丸の声「でも 先日 綱丸が詠んだ和歌を…父上が大層褒めていたぞ!」
蹴鞠丸の言葉にハッとした表情で顔をあげる綱丸の顔のアップ。

綱丸「大殿様が!?」
半べそをかいた右目を右手でこする綱丸の上半身アップ。

擬音「ザッ」
大極殿の中庭の砂を踏みしめる、草鞋を履いた経澄の右足のアップ。

擬音「?」
太陽に背を向けていた自分の影が山のように大きくなったことに気づく綱丸。

擬音「!!」
背後を振り返り、驚く綱丸。
綱丸の背後には、仁王像のようにキッとした表情の経澄が立っている。
逆光が経澄の巨体に威厳と凄みをくわえている。


10―11ページ


経澄「若ぁ~! 探しましたぞぉ~!!」
大声を張り上げる経澄の上半身アップ。

擬音「ポン ポン」
経澄「さあ…お第(やしき)に……」
蹴鞠に夢中の蹴鞠丸に近づいた経澄は、蹴鞠丸の背後から肩を右手でつかもうとする。

擬音「ポン!」
鞠をそれまでよりも遙かに高く、勢いよく上に蹴り上げる蹴鞠丸の右足のアップ。

天高く蹴り上がった鞠を見上げる経澄。
※上空から鞠と経澄を見下ろすフカン視点で描く。

一瞬、鞠に気を取られていた経澄は右手を蹴鞠丸の肩にのばす。
だが、すでに蹴鞠丸の姿はかき消えたようにそこにはない。
※読者に伝わるように、破線の輪郭で蹴鞠丸が消えたことを表現する。


経澄「若?」
首を左右に振って蹴鞠丸の姿を捜す経澄。
背景には大極殿の正殿と回廊が見えている。

経澄の頭上を蹴鞠丸がをとんぼ返りした格好で宙を飛んでいる。
※蹴鞠丸が経澄の頭上をとんぼ返りしていることが読者に伝わるように、下からのアオリ視点で描く。

擬音「スッ」
経澄の右肩の上に音もなく降り立つ蹴鞠丸の左足のアップ。
※この時点で経澄はまだ気づいていない。


12―13ページ

蹴鞠丸「ここだ 経澄」
擬音「!!」
唖然とした表情で右肩の上を仰ぎ見る経澄。
経澄の右肩上に乗った蹴鞠丸が、リフティングするように右足で鞠を蹴っている。
不安定な経澄の肩の上にも関わらず、蹴鞠丸は笑顔で平然と蹴鞠をしている。

経澄「わっ……若ぁ~!」
驚きのあまり大声を張り上げて動揺する経澄。

擬音「スッ」
経澄の肩の上から跳躍する蹴鞠丸。

蹴鞠丸は、軽やかに経澄の前方に宙返りする。


擬音「ストッ」
体操選手のような着地ポーズをとり地面に着地する蹴鞠丸。

擬音「グイッ」
経澄の右手が蹴鞠丸の半尻の襟を背後からギュッとわしづかみする。

蹴鞠丸「うわぁ~」
経澄の右手で引っ張り上げられた蹴鞠丸は、空中で足をばたつかせて逃げようとする。

擬音「ギロリ」
経澄「第(やしき)に戻りますぞ!!」
鬼の形相で蹴鞠丸を睨みつけて叱る経澄。

(時間経過・場面転換)

経澄経澄「まったく…銭を払わずに鞠を持ち逃げなさるとは…」
大内裏から幅約85mもある朱雀大路を南に下る蹴鞠丸・綱丸・経澄の3人。
日が暮れた大路は人影もまばらである。
蹴鞠丸と綱丸の歩く背後を険しい表情の経澄が歩いている。
背後の経澄をうかがうようにオドオドした表情の綱丸。
蹴鞠丸は意に介するような素振りすら見せず、夢中で鞠を蹴りながら歩いている。
※だだっ広い朱雀大路を歩いている様子がわかるように、遠景の構図で描く。


14―15ページ


擬音「ギクッ」
経澄の前を歩く蹴鞠丸が歩を止める。

経澄「若…午業は鞠を 藤袴は沓を商(あきな)い 糧(かて)を得ているのです…」
鞠を作る午業と沓を作る藤袴を思い浮かべながら真剣な表情で蹴鞠丸に諭す経澄。

擬音「キ――ン!」
経澄「民がいて我らの暮らしがあること…忘れてはなりませぬぞ!」
蹴鞠丸「わっ…わかったよ…経澄」
蹴鞠丸の右耳に向かって大声を上げて説教をする経澄。
耳を両手で塞ぎながら、両目を閉じて閉口する蹴鞠丸。
傍らの綱丸は唖然とした表情で2人を見ている。

蹴鞠丸「そういつまでも怒るなよ…」
両耳を塞ぎながら、開いた片目を傍らの経澄に向ける蹴鞠丸の顔のアップ。

経澄「さあ…日が暮れる前に…お第(やしき)に戻りまするぞ!」
蹴鞠丸の守役に相応しく毅然とした表情(ドヤ顔)の経澄の顔のアップ。

(時間経過)


朱雀大路を左に折れて八条大路を東に進んだとある辻。
先導する経澄に付き従うように背後を連れ立って歩く蹴鞠丸と綱丸。
蹴鞠丸は、鞠を両手で大事そうに抱えている。
※蹴鞠丸と綱丸に目線を合わせて、先導する経澄の上半身はコマの枠外。
次のコマからの展開に向けて、緊張感を演出するため、あえて描かない。

擬音「ブッ」
蹴鞠を抱えた蹴鞠丸が突然立ち止まった経澄の背にぶつかる。

蹴鞠丸「経澄! いったいどうして…」
立ち止まった経澄を見上げる蹴鞠丸。
※緊張感を出すように下からのアオリ視点で描く。

経澄の脇から顔を出して辻の中を眺める蹴鞠丸。

辻を横切るように、小八葉車(こはちよう)の牛車が蹴鞠丸たちの目の前を通り過ぎようとしている。
牛車には、立烏帽子(たてえぼし)に白い狩衣(白張:はくちょう)、括袴(くくりばかま)・草鞋(わらじ)姿の4人の車副(くるまぞえ)の随身(ずいしん)と、垂髪に水干、括袴、草鞋姿で右手に鞭を持った牛飼童(うしかいのわらわ)を付き従っている。


16―17ページ


擬音「サッ」
経澄「若…牛車が通り過ぎるまで しばしお待ちを!」
視線に気付いた経澄は頭を下げながら、蹴鞠丸に語り掛ける。
牛車の貴族に咎められはしないかと額から汗を垂らし不安の表情。
蹴鞠丸は、経澄の心配をよそに頭を下げようとせず、何かに気づいた表情で牛車を直視している。

字幕「当時 道端で貴族に出会った際に『路頭礼(ろとうのれい)』といって相手の身分に応じた作法で礼をとることが求められていた」
字幕「貴族同士であっても礼を失すると『無礼』と称して狼藉を受けることさえあった」
牛車の物見窓から扇で顔を隠した、冠に緋色の衣冠姿の貴族が3人を舐めるように見ている。
貴族は人を見下すような冷たい三白眼をしている。
※男の正体は貴族に化けた盗賊の頭。

綱丸独白「あっ…!」
鞠を右脇に抱え辻の外から飛び出してきた蹴鞠丸が牛車の脇に立ち、物見窓の貴族を見上げている。

擬音「ポンポン」
擬音「ザッ」
随身A「無礼な! 大納言様の牛車なるぞ!」
随身B「止まらぬか!」
鞠を蹴りながら近づく蹴鞠丸に、牛車を護衛する随身達は太刀の鞘に手をかけ身構える。

擬音「ポン ポン」
蹴鞠丸「ニハッ どこが大納言様の牛車だよ~」
怯む素振りすら見せず、笑顔で牛車を見据えながら右足で鞠を蹴り続ける蹴鞠丸。


擬音「!!!」
経澄・綱丸・牛車の貴族の3人は、蹴鞠丸の言葉に驚いた顔を見せる。

蹴鞠丸「大納言様は 『小八曜』(こはちよう)の牛車に乗らないし…」
蹴鞠丸「それに…」
牛車の脇についた小八曜紋のアップ。

擬音「ポン!!」
蹴鞠丸「束帯の袍(ほう)の色は"緋色"じゃなくて"黒色"だよ!!」
蹴鞠丸は、牛車の物見窓目掛けて鞠を蹴る。

物見窓に向かって勢いよく飛んでいく鞠。

擬音「ガッ!」
鞠は貴族の扇を弾く。


18―19ページ


擬音「ポトリ…」
鞠に弾かれた扇が地面に落ちる。

貴族に化けた盗賊頭「はっはっはっ…童ごときに見破られようとは…」
牛車の物見窓から顔を出している貴族に化けた盗賊頭は高笑いをする。

貴族は、牛車の物見窓から随身に化けた手下の盗賊に目くばせを送る。

擬音「サッ」
擬音「!!」
随身に化けていた盗賊達は一斉に太刀を抜く。
またある者は弓矢を蹴鞠丸達に向けて、3人を取り囲む。

経澄「賊か!」
綱丸「ひい…」
経澄は腰の太刀に手をかける。
盗賊の姿に綱丸は、怯えた表情で経澄にすがりつく。


毅然とした表情で盗賊達を見つめる蹴鞠丸。

牛車の後ろの御簾から貴族に化けていた盗賊頭が姿を見せる。
細身の華奢な体格の盗賊頭は、つり上がった目と歪んだ口元から狡猾で残忍な性格が垣間見える。
※本来、牛車は後ろから乗り、前から降りるのが作法。

擬音「!!!」
口を大きく開けて驚いた表情で絶句する経澄の上半身アップ。
※経澄は盗賊頭を見て、15年前妻を辱めた男であることに気がつく。

擬音「ガタガタ…」
太刀の鯉口を切ろうとする経澄の体が小刻みに震える。

綱丸独白「経澄様?」
綱丸は、歯を食いしばり怒りに震えた経澄に気付く。


20―21ページ


盗賊頭「おやっ?…お前は……」
怒りに震える経澄にオヤッと何かに気づいた表情を向ける盗賊頭。

擬音「ニヤッ」
盗賊頭「ふふっ…公家の童(わらわ)のお守りとは…ずいぶん落ちぶれたものよ!」
盗賊頭は口元を醜く歪めて笑みを浮かべながら、経澄を見下すような表情を見せる。

盗賊頭「お前たち…そこな男はな…」
手下の盗賊達を見まわしながら語り掛ける盗賊頭。

盗賊頭「十五年前……馬と弓矢とを取り替えた挙句…」
盗賊頭は15年前に馬と弓矢を経澄と交換した時の様子を思い浮かべる。
鬱蒼と茂った深い藪。
馬の轡(くつわ)を右手でとっている経澄とその妻に、盗賊頭は弓矢を向けている。
背後の壺装束姿の妻をかばうように、折烏帽子に直垂(ひたたれ)姿の経澄が左手を広げている。

擬音「バン!」
盗賊頭「わしに奥方を手篭めにされた"愚か者"じゃ!!」
盗賊頭は、蔑むような表情をしながら右手で経澄を指さす。


盗賊頭「奥方殿は息災か? また馳走になりたいものよ」
盗賊達「へへへ…」
盗賊頭は、経澄の妻の顔を思い出しながら舌なめずりする。
盗賊達も下品な笑みを浮かべて経澄を嘲笑している。

太刀の柄を右手で握ったままの経澄。
盗賊頭との再会で、過去を思い出した経澄は表情を暗くして俯いている。

蹴鞠丸独白「経澄…」
綱丸独白「経澄様…」
動揺を露わにする経澄を見て不安な表情の蹴鞠丸と綱丸。

盗賊頭「さて…正体を知られてはな」
アゴをしゃくって、合図する盗賊頭。
盗賊頭の合図を見た盗賊の一人がコクリとうなずく仕草をする。

盗賊A「死ねえ!!」
太刀を振りかぶった盗賊の一人が、蹴鞠丸に切りかかろうとする。


22―23ページ


太刀を持つ盗賊の右手首の下を一本の矢が射抜く。

盗賊A「ぐああ」
盗賊は痛みに顔を歪めながら、矢を受けた右手を左手で抑えながら太刀を落とす。

字幕「藤原 季清(ふじわらのすえきよ) 検非違使・経澄の義弟」
盗賊頭の視線の先には、馬上で弓矢を構えた立烏帽子に白狩衣、指貫、靴(かのくつ)姿の藤原季清が立っている。
季清の周囲には、立烏帽子に赤狩衣、括袴、草鞋姿の看督長(かどのおさ)・立烏帽子に藍色の狩衣、括袴、草鞋姿で右手に鉾(ほこ)を持ち、口、頬、顎に髭を生やした配下の放免(ほうめん)達がいる。

盗賊頭独白「ちぃ…検非違使(けびいし)の狗(いぬ)め!」
邪魔が入り、憎々しい表情の盗賊頭。

季清「京(みやこ)の治安を脅かす賊徒ぞ! 残さず捕えよ!!」
季清は、右手をかかげ、力強い意志に満ちた表情で盗賊の捕縛を配下に命ずる。

検非違使配下「おおっ!!」
看督長と放免は盗賊達を捕縛にかかるべく喚声(かんせい)をあげて盗賊達を追う。


季清「義兄上(あにうえ)…ご無事にござるか!?」
馬から降りながら、季清は傍らの経澄に声をかける。

経澄「おおっ…季清か!」
義弟である季清に声をかけられ顔をあげるもどこか心ここにあらずといった表情の経澄。

しゃがみ込み、牛車の側に落ちている鞠を右手で拾う季清。
鞠の側には盗賊頭の扇も落ちている。

擬音「スッ…」
季清「四郎様…危ないところでしたな……」
蹴鞠丸「うん…大事無い」
季清は、微笑みながら蹴鞠丸に鞠を右手で手渡す。
両手を前に出して季清から鞠を受け取る蹴鞠丸。
微笑を浮かべて、安堵と感謝の気持ちを露わにする。
※四郎は、蹴鞠丸のこと。


24―25ページ


季清「よもや…盗賊が貴族に化けていようとは…」
季清は、険しい表情で盗賊達が置き去りにした牛車を眺める。

経澄「……」
幽霊を見たかのように呆然とした表情で立ちつくしたままの経澄。
※先程の出来事と15年前の出来事を思い返している。

蹴鞠丸「ニハハ…麻呂が奴らを"偽物"だって見抜いたんだ!」
頭の後ろで両手を組み、得意げに自分の手柄を語る蹴鞠丸。

季清「四郎様が…」
思いがけない蹴鞠丸の言葉にホウと感心する季清。

擬音「ゴホン」
季清「ところで 義兄者…」
季清は右手で咳払いをしながら、ボンヤリした表情の経澄に声をかける。


季清「今夜の臨時内裏大番役(だいりおおばんやく)お忘れでは?」
伏せ目がちに、申し訳なさそうな表情で義兄である経澄に話しかける季清。

経澄「内裏大番役……」
右手を顎に当てて考え込む経澄。

経澄「ああ!!」
経澄は、弾かれたように全身をビクっとさせながら、目を丸くして慌てふためく。

解説「大番役とは、天皇や院の御所・摂関家の邸宅の警備を交代で勤務することである」
解説「大番役を務めることは 経澄のような地方武士にとって 中央の権門と結びつき 
有力な後ろ盾を入手する機会でもあった」
経澄「こっ こうしておれぬ~!」
慌てた表情で周囲をグルグルと走り回る経澄。
※権門…院や摂関家をはじめとする上級貴族、大寺社などを指す日本史用語。

擬音「ポン」
経澄「季清…二人を頼む…」
申し訳なさそうに俯きながら、よろしくと言わんばかりに経澄は季清の肩に右手を置く。


26―27ページ


経澄「あとは任せたぞ!!」
擬音「ビュオォ~!」
季清「………」
綱丸「……行ってしまわれましたね」
擬音「ポン ポン」
風のような速さで蹴鞠丸達のもとから立ち去っていく経澄。
経澄を、呆気に取られたまま見送る季清と綱丸。
蹴鞠丸は、経澄が去ったことを気にする素振りも見せず、ひとり夢中で鞠を蹴っている。

(時間経過・場面転換)

擬音「カア カア カア」
日は西に傾き、カラスが鳴いている。
蹴鞠丸は季清の馬に一緒に乗せてもらい八条大路を東に進んでいる。
その脇を綱丸が連れ添うように歩いている。
※蹴鞠丸は、馬上で季清に抱っこされるように季清の前に座っている。

綱丸「右衛門尉様…」
綱丸「あの盗賊頭…経澄様の過去(こと)を知っていたようなのです…」
馬上の季清に顔を向けて話しかける綱丸。
季清はオヤっという表情で馬の側を歩く綱丸に顔を向ける。

季清「義兄上の過去(こと)を…以前(まえ)から知っていた…?」
綱丸の言葉に、季清は浮かない顔で表情を曇らせる。

綱丸「何か…ご存知なのですね!?」
綱丸は真剣な顔で、経澄が盗賊頭の言葉に我を失った理由を季清から聞きだそうとする。


綱丸の問いかけを避けるように申し訳なさそうな表情で視線を外す季清。

擬音「!?」
蹴鞠丸の声「"友"なのだ…」
馬乗している蹴鞠丸の言葉に、ハッとした表情で眼下を見る季清。

擬音「バン!」
蹴鞠丸「経澄は ただの守役などでない! 麻呂の"友"なのだ!!」
力強い眼差しで訴えかける蹴鞠丸の顔のアップ。

季清「………」
蹴鞠丸の経澄に対する想いを聞いた季清は俯き考え込む。


28―29ページ


季清の横顔。
故郷である紀伊国で経澄と過ごした日々を思い出す季清。

(画面暗転・回想シーン)

字幕「15年前 寛治元(1087)年 紀伊国」
季清の声「私と義兄上は 共に紀伊国の出…」
季清の声「幼い頃より義兄弟の契りを結んだ間柄でした…」
峻険な山々と鬱蒼と茂った木々の間を流れる幾重にも蛇行した大きな川。

擬音「ドドッ ドドッ!」
季清の声「我が家は代々摂関家領を預る領主…」
季清の声「義兄上の家は代々高野山領を預る領主でした…」
20代の経澄と季清。
2人とも馬に乗って野原を駆けている。
2人とも、折烏帽子に、薄汚れた小袖・袴・草鞋姿。左手に弓を持ち、右手で手綱を握っ
ている。
右の腰に数本の矢を指した箙(えびら)を身に着けている。

擬音「ピカッ!」
擬音「ゴロゴロ」
真っ暗な背景に雷が光る。
薄暗い背景の中、右手に血の滴る太刀を握り立ち尽くす経澄のシルエットが雷光によって浮かび上がる。
経澄は息を荒げて肩で息をしており興奮した様子。

季清の声「ある時 義兄上は 無法を働いた行賢(ぎょうけん)という僧を殺めてしまわれた…」
経澄の足元では、鈍色(どんじき)に五条袈裟をまとい、指貫袴(さしぬきはかま)の上に裳(も)を身に着けた姿の、うっすらと目開いた若僧行賢が口元から血を流し、仰向けに絶命した姿で倒れている。
左肩から右の腰にかけて、袈裟懸けに斬られたあとがある。
絶命した行賢の側には、小袖の襟が胸元まで押し広げられ、着衣を乱した若い女が座っている。


季清の声「非は相手にあったとは申せ…僧を殺めたことで 義兄上は高野山の怒りをかい領主の地位と伝来の地を…追われてしまったのです…」
折烏帽子に直垂姿で、左腰に直刀を差した経澄が真っ暗な背景の中で空ろな表情で俯いている。

季清の声「失意の義兄上は姉上を連れ 京(みやこ)の一族を頼られたのですが…」
折烏帽子に直垂姿で、腰に先祖伝来の直刀を差した経澄と、右手に杖を持ち、市女傘を被り、壺装束姿の経澄の妻の清子が木々に囲まれた細い山道を連れ立って歩いている。

季清「その途上…」
経澄の声「何をする!?」
俯き屈辱をこらえるかのように目を閉じ歯を噛みしめる季清の顔のアップ。
季清の脳裡には、経澄夫妻の悲劇が浮かんでいる。

擬音「ギリリ…」
盗賊頭「足を痛めた妻のため 弓箭(ゆみ)と馬を交換しようとは…とんだうつけものよ
!」
右手で馬の轡を取っている経澄と背後の清子に向けて、引き絞った弓矢を向ける盗賊頭。
左手で弓を構え、右手でつがえた矢を清子に向けながら禍々しい表情をしている。
経澄は、妻をかばうように左腕をバッと広げている。
足を痛めた清子は、大木の根元に腰を下ろしている。
盗賊頭は萎烏帽子に小袖姿で、左腰に腰刀を差している。

頭に被ったままの市女笠の虫垂衣(むしのたれぎぬ)越しに、恐怖に怯える清子の表情が見て取れる。

虫垂衣越しにもわかる美しい清子を見た盗賊頭は、罠にかけた獲物を前に舌なめずりしてみせる。


30―31ページ


経澄「むっ…むぐぅ~」
舌を噛み自害しないように細布で口元を縛られ、猿轡を噛ませられた経澄の顔のアップ。

清子「いやぁぁぁぁぁー!!」
荒縄で大木にくくりつけられうめき声をあげる経澄。
経澄の眼前では、盗賊頭に押し倒された清子が悲鳴をあげている。

両目に涙をたたえて、怯えた表情の清子のアップ。


夫の経澄の生殺与奪の権を盗賊頭に握られた清子は、涙で顔をクシャクシャにしてなすがままにされている。

嘗め回すような眼差しで眼下の清子を見つめる盗賊頭の顔のアップ。

大木に縛られた経澄に助けを求めるように、悲痛な眼差しを向ける清子。
大粒の涙を流し、頬を羞恥に染めている。

季清「姉上を弄んだばかりか…先祖伝来の黄金作りの直刀さえも盗賊頭(やつ)は奪い去って…」
左手で鞘を持ち、右手握った経澄の先祖伝来の黄金づくりの直刀の刃を見る盗賊頭。

(画面暗転・回想終了)


32ページ


言葉を詰まらせ、馬上で俯き悲しみと怒りで全身をうち震わせる季清。
傍らの綱丸も、盗賊頭のあまりの非道に同情の涙を流している。

蹴鞠丸「許さない…」
蹴鞠丸「麻呂は絶ぇっ対 許さないぞ!」
肩をうち震わせた蹴鞠丸は、経澄夫妻を苦しめた盗賊頭を退治することを心に誓う。

第3話終わり。次回に続く。

貴族に化けていた盗賊頭を見破ったことがきっかけで経澄の哀しい過去を知った蹴鞠丸。次回、盗賊退治を誓った蹴鞠丸は綱丸と!?内裏大番役に出かけた経澄は、蹴鞠丸たちに迫る危機に!?乞うご期待!!

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