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「クラフト」としてのマンガ制作

伊藤敦志『大人になりましょう』自費出版

本書は第23回メディア芸術祭新人賞を受賞したグラフィックデザイナー、伊藤敦志氏が二人のお子さんのために5年がかりで制作された自主制作マンガ単行本『大人になれば』の副読本として書かれた冊子である。

『大人になれば』は失業した男が息子への誕生日プレゼントとして帽子を買ったことからはじまる奇妙な経験を描いた一種のSFファンタジーだ(一コマ一コマに仕掛けがあるような端正で美しい作品なのでぜひ実物を読んでいただきたい)。

ここで取り上げる『大人になりましょう』のほうは、ほとんど台詞がなく(完全にサイレントではない)独特のミニマルなコマ構成で描かれたこの作品の自作解題を中心にラフスケッチや関連イラストをあわせてまとめたものになる。

作中に引用されているさまざまな映画や音楽、書籍などの紹介も楽しいが、この本がおもしろいのはいわゆる「マンガ家」ではないグラフィックデザイナーがグラフィックデザイナーとしての発想でマンガをつくっていくプロセスがよくわかる点である。

たとえば最初のセクションで論じられているのは「BOOK DESIGN」であり、日本のマンガでこういう装丁のアイディアから考えられている作品はほとんど見たことがない(皆無ではないし、同人誌などではそういう発想で作られている作品もあるかもしれない。また欧米のオルタナティブコミックスではけっこうある)。

日本のマンガ批評でいう「映画的」ではないミニマルなコマ構成(一見したところ大塚英志のいう「パノラマ的」な画面構成に近い)もいわゆる「ストーリーマンガ」のそれとは異なったところから発想されていることがよくわかる。

本書は書籍としてもコンテンツとしても丹念にデザインされ創られた『大人になれば』という作品、一冊の本の魅力と創作の秘密の一端を教えてくれる極めて贅沢なサイドディッシュである。本編と一緒に何度も読み返したいと思う。

*『大人になれば』、『大人になりましょう』はともに伊藤氏のオンラインストア(https://itoatsushi.stores.jp)で買える他、一部の書店で委託販売されている(たとえば都内だと青山ブックセンターや代官山蔦屋書店で買える)。ご興味をお持ちになった方はぜひお手に取っていただきたい。

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