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ほぼ漫画業界コラム50【出張編集部】

なんだか話題になっているので便乗。はい、出張編集部。私、実は参加したことありません! 僕が編集長だった時も一切やりませんでした。イベントとかのお誘いも全て断らせていただきました。そんな暇がなかったからです。と思ったら、いや記憶をたぐると一度だけありました。コミティアとかではありません。【ワールド・ホビー・フェア】っていうコロコロのおもちゃの祭典で、そこにサンデーが出張編集部を出したことがあります。その時の話をしましょう。

ワールド・ホビー・フェアにサンデー編集部がブースを出すのは不思議だった。基本、コロコロのイベントなのだ。お子様たちが一杯で本来のサンデーのターゲットとは全く客層が違った。だが、色々な大人の事情で当時はサンデーもブースを出さなければならなかった。とにかく人集めが大変だった。会場のお子様は基本、現行連載作にはほとんど見向きもしない。アニメ化作品はまだ興味を見せてくれるが、短期クール作品だと人は呼べない。だから基本、コナン頼みだ。高山みなみさんと山口勝平さんには毎回来てもらう。そんな感じのイベントだった。イベントに参加すると、打ち上げで高山さんや山口さんと飯が食える。大阪で山口勝平さんとお好み焼きを食べたのが良い思い出だ。

そう、会場は大阪、福岡、名古屋、千葉で開催される。なぜか公式HPにはいつも東京と書いてある。嘘だ千葉である。幕張会場を東京と見立てるのは無理がある。遠すぎる。ギリ浦安までは許す。

で、サンデー編集部員はどこかの会場に一度は顔を出すのが義務とされていた。当然、土日に催されるため休日が潰れる。家族がいる方はサッと幕張まで高速を飛ばして、顔を出して帰るのが基本だった。だが、問題は福岡、大阪、名古屋だ。もちろん出張になるので、それはそれで楽しみだ。前乗りして地方都市の夜で盛り上がる。楽しい。だが問題は昼であった。

…とにかく暇なのだ。行ってもほとんどやることがない。アニメ化担当とかは声優さんとか作家さん対応があるが、そうでない人たちはひたすら会場を見て歩いたり、楽屋でだべるしかない。会場を回るのは1時間で終わる。あとは暇!暇!暇! 8時間、割と高給取りな社員たちが無為に過ごしていいのだろうかと問題になった。そして誰かが言った。出張編集部をやろうと。そしてそれは開催された。確か2009年。6時間。こちらの編集は3人。万全の体制だ。僕も参加した。最初の3時間くらい座っていた。・・・誰も来なかった。

13時。一人を残し食事休憩に二人で出かける。僕たちが戻ると、残された編集者がドヤ顔をしていた。なんと一時間で二人持ち込みが来たらしい。ぐぬぬ悔しい。さらに2時間が過ぎる。時間は15時。16時で撤収の予定だ。このまま一人も見ずに終わるのか・・・絶望感が心を支配する。そんな時に奇跡が起きた。一人の女の子がやってきた。

「漫画読んでください」

自由帳を差し出してくる。そこにはボールペンで描いた漫画があった。4ページぐらい。その子は小学4年生の女の子だった。我々には天使に見えた。そしておっさん二人はノートを奪い合うように漫画を見た。猫とウサギと女の子が出てくる漫画だった。シュールなギャグ漫画に見えた。センスは感じるがアドバイスが難しい。だが、たった一人の持ち込みだ。その子の人生を変えるような名アドバイスをするしかない。僕はもう一人に先にアドバイスをするように促した。後輩だった。サンデーは年功序列だ。後輩は必死でアドバイスを始めた。まず絵が上手な所を褒め、コマ割りや吹き出し位置のアドバイス。いつかはGペンを使ってみることを話した。だが女の子は冷たく言った。

「それだけですか?」

後輩が助けを乞うように僕を見る。それは敗北宣言と捉えよう。僕は技術論は無視して作品の話をした。このキャラクターはどんなキャラなのかと尋ねた。女の子は中々答えてくれなかったが、少しずつ警戒心を解き話を聞くことができた。そして衝撃の事実がわかった。この猫のキャラクターは実はライオンで、猫のフリをしながら女の子を守っているという設定だった。天才かよ。さらに、深掘りを続けた。なんとなんとそのライオンは、女の子のペットであるウサギに嫉妬していていつか食おうとしているらしい。これはギャグではなく女の子をめぐるライオンとウサギの戦いだったのである。本物の天才だった。僕は「君は藤田和日郎先生より天才かもしれない」と褒め称えた。女の子は照れ笑いを浮かべた。後輩は悔しそうだった。未熟者め、描いてある事が全てではないのだ。その裏を感じ取れてこそ真の編集者なのだ。そして女の子は言った。

「どうすれば漫画家になれますか?」

意気消沈している後輩は答えない。僕は優しく答えた。

「まず、とにかく一人でもいいから読者を作りましょう。お母さんでもお父さんでも。友達でも。その人たちが喜ぶ漫画を書き続けましょう。最初は一人、二人、三人と増えていって1万人くらいがあなたの漫画を待ち望むようになれば絶対に漫画家になれるよ。」

女の子は怒ったように言った。

「1万人は無理じゃん!」

そして、その子のお父さんがやってきた。急いでいるようだった。もう帰らなければならないようだ。「僕はネットにアップすれば余裕だよ!」と僕も急いで言った。まだ新都社も無かったしSNSもなかった。いい時代になった。あの子は漫画家になれたのかな。


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