20160117_片想い表紙

片想い企画『待ち人』スピンオフ小説

私は、忘れっぽい。

一緒に仕事をした人の名前。
何度も行ってる場所。
自分で書いた歌詞さえも、忘れてしまう。


「え?なんで?」

せっかく書き上げた新曲の歌詞を、柳に突き返されて私は目を丸くした。
自分で言うのもなんだけど、今回はかなりいい仕上がりだったと思う。
それなのに、柳は大袈裟なくらい深いため息を吐いて、私を睨むのだ。

「いいか。心をまっさらにして、もう一度よく見直してみろ!」

文字の並ぶ用紙の端を、トントンと叩いて柳が言う。
それを手に取り、私はもう一度、はじめから終わりまで読み返してみる。

「いいじゃん!バッチリ胸キュンラブソングじゃん!!」

「いい訳あるか!お前の感情、ダダ漏れ過ぎだ!こんなの出せるか!!」

曲作りのために借りたスタジオ内で、お互いに声を張り上げる。

そもそも歌詞なんて、自分の中の感情をわかりやすい言葉に変えて仕上げるから、聴く人が共感してくれるんだと思う。
だから、感情の入ってない歌詞を書くより、感情移入しまくっている歌詞のほうがいいに決まっている。

椅子から立ち上がり、鼻息荒く力説した私に、柳が頭を抱えた。

「だから…お前が書いたコレは、ラブレターだ…って言ってるの」

「……は?!」

"ラブレター"?!!
柳から繰り出された予想外の言葉に、私は身体中の血が頭に昇り、へたりと座り込んだ。

これまでいくつも作詞をしてきたけれど、器用じゃない私は、実際に感じたことしか言葉にできない。
つまり、ラブソングを書くときは、自分の中の「好き」という気持ちがストレートに出る。

それは過去の出来事だったり、現在試行中だったりいろいろだけど…ちゃんと"歌詞"という作品に昇華できていた。
もちろん今回も、ちゃんと出来ていると思っていたのだ。

呆然とする私の前で、缶コーヒーに口をつけると、柳はやわらかい声で言った。

「田島敦樹、だろ?『MELT AWAY』の」

「!?」

田島敦樹。

『MELT AWAY』という、インディーズバンドのベーシスト。
整った顔立ちの中で、特に切れ長の目が鋭い印象を受ける。
少し近寄りがたい雰囲気を持っているけれど、ベースの腕はピカイチ!
一度でも彼の音を聴いたなら、どんな人でも魅了されてしまうだろう。

私も、その1人。

ありがたいことに、私たちのバンド『Viola』は、『MELT AWAY』とライブハウスで共演することが、よくある。

空き時間になると、私は田島を探して声をかけた。
内容は、彼が飼っている犬の話。

その話をするときだけは、普段見られない優しい笑顔を見せるから。
私は田島の笑顔が見たくて、何度も何度も話を聞いた。

最近は「お前、ヘンだよなー」と、すっかり呆れられているけれど、それでもいい。
田島の傍で、田島の声を聴き、笑っているのを見られるだけで…私は幸せなのだ。

しかし…
それを、柳に話したことは一度もない!

「だ・か・らー!ラブレターになってる、って言ってるだろ?」

うんうんと唸っている私を見かねて、柳が両手を広げおどけてみせた。
歌詞の書かれた紙を手に取り、感情たっぷりに朗読してみせる。

「ちょっ…とっ!待った!!」

一瞬で脳みそが湧き立ち、私は柳の手から紙を奪い取った。
…なるほど。
さっき"心をまっさらにして"って言われたけど、うん。私、できてなかったね。
柳の声で聞かされて、初めて気づく。

これは、ラブレターだ。
しかも確実に、田島敦樹宛の。

私はラブレターを胸に抱いて、机に突っ伏した。
もう自分でもなにをやっているのか、わからない。

「そこまで想ってるんなら、告白すりゃいいじゃないか?」

柳はギターを抱えて、なにやらメロディーを奏で始める。
やわらかくて優しい音色が、心地いい。

「これはさ、片想いだから」

私は顔を上げ、柳を見て笑った。
でも、上手に笑えてなかったらしく、柳の眉間に皺が寄る。

「言ってもみないで諦めるなんて、瑠璃らしくない!」

私以上に真剣な表情で…真剣な想いで、柳がそう言うから、思わず吹き出してしまった。
"片想い"…なんて綺麗な言葉で、片付けようとしてるんだろうって。
自分のことが、おかしくなってしまったのだ。

「え?田島って、彼女…いたんだ…?」

「なに?俺、そんなにモテないイメージ?」

「いやいやいや!そんなこと無いけど…なんか、彼女いるイメージ無くて…あれ?いや、だからその…え??」

田島の爆弾発言に、私は頭が真っ白になっていた。
そもそもなんでこんな話になっているのかも、既に思い出せない。
口から出る音だけが、勝手に支離滅裂になっていく。

「わはははは…」と、田島がいつもの声より少し高い音で笑う。
テンパってる私の姿が、ツボにはまったらしい。
声に出して笑う田島を初めて見て、私はうっかり見惚れてしまった。

「まあ、好きって言ってくれる女の子は、多いけどなー。俺、自分から好きにならないと、ダメなんだ」

「へ、へぇー…ど、どんな人だったの?彼女?!」

人間、混乱したまま口を開くと一番言ってはいけない言葉を、言ってしまうのかもしれない。
せっかくの和やかな空気が、一瞬で固まる。

「お前なー…そういうことは聞かないもんだぞ、普通!」

「ごっ…ごめんっ!そうだよね、ホントごめんっ!!」

少しトーンが低くなった田島の声に、氷水をぶっかけられたように背筋が伸びる。
私はとにかくひたすら、頭を下げた。
そのまま身動きがとれなくなっていると、頭上から気まずそうな田島の声が降って来た。

「似てるよ」

「え?」

「お前に似てる。突拍子もないこと言ったり、やったり…結局、俺は最後まで振り回されっぱなしだったけどな…って…あ!別に、お前と重ねてるとか、どうこう言うんじゃないからな!ただ、お前みたいなタイプとは、合わなかったってだけで…あー…いや、俺も何言ってんだろ。もうこの話は、無し!無しなっ!」

普段クールな彼が、表情豊かに語った姿は、今でも色鮮やかに覚えている。
表情や仕草、声のトーンからそのときの温度さえも、ハッキリと。

一緒に仕事をした人の名前。
何度も行ってる場所。
自分で書いた歌詞さえも、忘れてしまうクセに、このときのことだけは忘れられない。

私は自分の気持ちが行き場を失くしたことよりも、初めて田島の素の部分に触れられた気がして嬉しかった。
そして、私はさらに田島のことが「好き」になってしまったのだ。

…こういう想いは、なんて呼べばいいんだろう。
絶対叶うことがないとわかっているのに、好きだという気持ち。
全然綺麗じゃないけれど、持っているだけ…それだけで今、私は幸せなのだ。

…なんて。
柳には、上手く伝えられそうにないけれど。

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さて、ならざきむつろさんの企画『片想い~l'amour non partagé~』で、MA3さんが書かれた『待ち人』の、スピンオフを書いてみました。

片想いされるのは、このかた。

田島敦樹(たじまあつき)
インディーズのバンドマン。クールなベーシスト。
親の持っているアパートなどの不動産管理業務をしつつ、週末は都内各所のライブハウスに出演。見た目は怖そうだが心優しいジェントルマン。
捨て犬だった片目の見えないダックスを飼っている。

この物語の登場人物は、2人。

立花瑠璃(たちばなるり)
普段は子どもっぽく、無邪気。ファッションにも興味がなく、基本はバンドTシャツにジーパン姿。小柄だが、マイクを持つと人が変わったような色香を放つ、ヴォーカル。
作詞を全て1人でこなしているが、よく忘れる。ところが忘れた部分を「しれっ」と別の歌詞で歌い上げてしまうため、ステージに支障をきたしたことがない。

柳大輔(やなぎだいすけ)
普段から"お兄ちゃん"キャラな、ギター担当。兄弟の多い家で育ったため、優しく面倒見がよい。
すらりとした長身で、やわらかい表情を持つため、女性ファンが多い。
作曲もこなすので、作詞担当の瑠璃とは自然と長い時間一緒にいて、気づけばすっかりお守り役になっている。

ならざきさん、MA3さん、企画ありがとうございます。
雰囲気だけでもと、参加させていただきました。
勝手にバンド名つけちゃって、ごめんなさいです!!

他にも着地点があったように思いますが、これはこれで…。
切ない片想いって、難しい。

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