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小説の中の色#2 暖色と寒色/「漁港の肉子ちゃん」

今回は、西加奈子さんの作品の中で私が2番目に好きな作品「漁港の肉子ちゃん」から色について取り上げます。

肉子ちゃんがいない部屋は、寒色になる。肉子ちゃんが置いている、ださくて派手なものは変わらずあるのに、オレンジや赤や黄色がなりをひそめて、代わりに、青や紫や黒が、幅を利かせ始めるのだ。(西加奈子「漁港の肉子ちゃん」より)

たった一人の家族である母親の肉子ちゃんが出かけた後、小学5年生の喜久子ちゃん(通称「キクりん」)は一人で過ごす室内の色をこう表現します。

暖色と寒色

暖色は 赤、橙、黄など暖かい感じがする色です。人の気分を高揚あるいは興奮させ、身体にも血圧上昇、呼吸数増加、筋肉緊張の高まりなどの影響を与えます。寒色は青を中心に青緑、青紫などで、涼しい感じがする色です。暖色と反対に気分の鎮静化、血圧下降、呼吸数減少、筋肉緊張の減少などの効果をもたらします。また、暖色系の室内と寒色系の室内とでは体感温度が異なります。実際の室温よりも暖色系は高く、寒色系は低く感じられ、その差は約3度もあるそうです。

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肉子ちゃんとキクりんのパーソナリティを色に例えると、パワフルでユニーク、そして情に厚い肉子ちゃんは正に暖色。そんな肉子ちゃんや自分の身の回りを冷静な目で捉えているキクりんは寒色でしょう。

目に映る色

ところで、人は一日に数万色の色を見ていると言われています。しかし、この場合の「見ている」というのは「目に映っている」というのが正確で、しっかり見えているわけではありません。意識的、あるいは無意識に目を向けたり、何かのきっかけで目に留まったりしないと、個々の色はなかなか認識されません。心理状態もまた見える色に影響を与えています。

例えば、いつもと同じ街並みを歩いていても、気分が良い時には空の澄んだブルーに目がいき、「ああ、なんて爽やかな色だろう!」と感じたりします。反対に気持ちが落ち込み気味の時には、ビルのコンクリートのグレーが目に留まり、さらにどんよりとした気分になったり…。

肉子ちゃんがいないしんとした部屋で、キクりんには寒色がより見えてきます。青や紫に加え、無を象徴する黒も。この見えている色によってキクりんの寂しさ、不安さといった心境が伝わってきます。そして、寒色を見ながら、キクりんには自分一人の世界がますます意識されているのでしょう。
陽と陰の2つで世界のバランスがとれているように、キクりんには肉子ちゃんが必要であるという、肉子ちゃんという存在の大きさが感じられます。



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