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小説の中の色 #8 野暮ったいセーターのような灰色/「ザリガニの鳴くところ」

2021年本屋大賞・翻訳小説部門で第1位となった 「ザリガニの鳴くところ」は、家族に見捨てられた少女カイアが、たった一人湿地帯で生き、やがて殺人事件に巻き込まれるミステリー小説です。ストーリーだけでなく、彼女を取り巻く自然の風景や動物たちが非常に繊細に美しく描写されている点が大きな魅力です。例えば…。

大アオサギは、青い水面に映る灰色の靄のような色をしている。だから、靄のように景色に溶け込み、射的の的のような目だけを残して姿を消すことができる。

「ザリガニの鳴くところ」ディーリア・オーエンズ

大アオサギの羽の色合いだけでなく、湿地帯の風景ごと目に浮かび、静けさまで伝わってくるようです。このような描写がいくつも見られる中、印象に残ったのがこちらの表現です。

三月初めのある午前中のこと、カイアはひとりで海を進んで村へと向かった。空は一面、野暮ったいセーターのような灰色の雲に覆われていた。

「ザリガニの鳴くところ」ディーリア・オーエンズ

二つの引用にはどちらも「灰色」という色名が使われていますが、全く印象が異なります。

野暮ったいセーター

「野暮ったいセーター」を思い浮かべてみると、地味で、毛糸の艶もなく、身体にフィットしていないもっさりしたセーター、あるいはくたびれた作業着のようなセーターを連想します。そのような「灰色」ですから、かなりどんよりした雰囲気です。

この頃、カイアは町の人気者で裕福な家庭に育つチェイスとつき合っていて、自分と対照的な青年との恋愛にどこか不安や劣等感を抱えています。晴れない心と、チェイスの周りにいるお洒落で華やかな少女達と比べ自分はパッとしない存在であるという思いが、灰色の雲をさらにどんよりと彼女の目に映したように思います。野暮ったいセーターは彼女自身のことかもしれません。

小説の中の色#6 に引き続きグレー系の色を取り上げました。グレーは無彩色で、その文字が示す通り彩り(色相)の無い色ですが、もしかしたらそれ故に人に訴えかけるものが何かあるのでしょうね。


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