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二人の研究者(仮)#6 研究者B#2

部屋の扉からノック音がした。
「おーい、いるか?」
内藤だ。同じ大学で働く教員であり、学生の頃からの腐れ縁というやつである。
気を取り直して、すぐに返事をする。
「どうぞ。」
「失礼するよ。」ガチャリと扉が開く。
「おや?暗いな…。一体どうしたんだ?実験に失敗でもしたか?」
「いや、何でもないよ。」
「部屋の電気くらい付けたらどうだ。」扉の横のスイッチに手を伸ばす。
「今戻ってきたところなんだ。」
部屋の中央のソファに座りながら言う。
「どこに出かけていたんだい?」
「実験室だ。」
と咄嗟に嘘をつきかけたが、彼の言葉のほうが先に出る。
「ああ、これか。すごいよなこんな若さで。」
ソファの前のテーブルに新聞が置いたままだった。今日の新聞・報道はこの小林陸氏の研究成果の話題でいっぱいだった。
彼は紙面を見ながら続ける。
彼はいつも細い目をしている。相変わらず見えてるのか見えてないのかよくわからない。
「同じ分野でこんな成果を出されたら君としては悔しいんじゃないか?」
「別に。若い世代が出てきて良いことじゃないか。」
適当に答える。
少しの間、彼は笑顔でこちらを見ていた。こちらの性格はお見通しだろう。
「で、この研究はどうなんだ?」
「論文や発表は見たが、まだ実現には程遠いな。この加速する経路を作るには物理的制約がまだある。もっと小さな装置が出来ないとこの理論通りには配置できない。それに応用するには連続的に生成して加速し続けなければいけないがその仕組みがまだ確立していない。あとは…」
「それくらいオレだってなんとなくわかるさ。それをどうにかするために君らが研究してるんだろ?反論はいいが、評価は?」
少し間が開く。
「思いもしなかった着眼点だよ。これだけ高いエネルギー効率で電子を光速近くまで加速できる理論は画期的で素晴らしい成果だと思う。悔しいくらいにね。」
彼は何も言わずに細い目を少しだけ見開いた。彼が目を開けるのは驚いた時くらいだ。
まるで俺が人を褒めるのが珍しいみたいに…。
心の中で舌打ちをしながら、すぐに話題を変える。
「で、一体何の用だ?」
「ああ、そうそう。久々に二人で飲みにでも行こうかと思ってね。いつもの店だけど。」
研究者だからといって酒も飲まずにやっているわけではない。息抜きだって必要だ。
ただ、店の雰囲気や味には無頓着だ。酒が飲めればいい。とはいえ、いつも行くその店は味も雰囲気も割と気に入っている。
確かに飲みたい気分だった。
「いいよ。今日はもう特に何をする予定もない。」
そう、今はもうなにもやる気分ではない。
俺がそうなることを見越しての誘いなんじゃないかとも思った。

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