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二人の研究者(仮)#3 研究者A#1

小林陸は焦っていた。
彼の業務は研究開発である。
彼の専門分野は時空間工学と呼ばれる、最近ではちょっと話題の分野だ。タイムマシンとか物質転送とかといったキーワードをイメージしていただければほぼ間違いはない。

―タイムマシン―

―物質転送―

その昔、21世紀には実現するだろうと言われ期待されてきたが、いざ21世紀を迎えると、そんな言葉はパタッと消えてしまった。それらが出来ないということばかりが証明されたからである。
まあこのご時世、世界中に張り巡らされたネットワークが瞬時に拠点間を結び、タイムマシンのごとく時間を超越し物質転送のように情報が行き交うのだが。
そんな言葉ばかりがひとり歩きして夢物語を追いかけるような分野が、なぜ今ごろになって話題になっているかというと、― それが小林の悩みのタネでもあるのだが ―その夢物語が実現するかもしれないのである。
とはいってもほんの少しだけの可能性がある。ということが証明された程度だ。
だが、このほんの少し歩きだした可能性は人類にとって大きな一歩であることは間違いなかった。
まさか自分のふとした思いつきの実験が、ここまでの成果を生み出すとは思ってもみなかった。
そしてその成果がまさかこんなにも世間から注目されるとは思ってもみなかった。


人前に出ることには少しは慣れている。
研究者とはいえ、研究室に籠って研究ばかりしていればいいというものでもない。
人前で(しかも黙って聞いてくれているような人間ばかりでもない場で)成果を発表することもあれば、勉強会というのは名ばかりの懇親会なんて物もある。
学生の頃にはクラス委員をやるくらいには人望があったし、プライベートでもいつもつるんでいるメンバに頼られているとは思う。自慢じゃないがそれなりに異性にモテる方だとも自負している。
とはいえ今回の騒動にはさすがに参った。
いつもの何倍もの注目度に逆に圧倒されつつも人前ではなんとか品を保っているが、一人になると研究したい気持ちを上回るほどの疲労感に襲われる。そして疲れていてもすぐには寝付けない事が一層堪えた。
近年、マスコミや世間に注目されてしまった人間は、成果や実力だけでなく、それには全く関係ない人間性を試され評価されるように思われる。関係ないが逆らうこともできず、世間の期待する品というものを保っている。

仮面が剥がれるのも時間の問題かと思いながら。


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