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二人の研究者(仮)#10 研究背景#4

目的の建物は大学の敷地の中ほどよりやや南に位置する。

バスは敷地の中を8の字に走るため、敷地中央のバス停は2回通ることになる。

中央バス停から少し歩かなければならないが、バスを使わないよりも歩く距離が短く済む。こうやって人間の運動機能は退化するのかと思うが、ここまで歩くという気にはなれない。

物理工学専攻棟。それがこの建物に名付けられた名前だ。もちろん各専攻毎に建屋はあるが、「専攻棟」といえば自分の所属する専攻のそれだとわかる。

一枚目の扉が開いたその先にもう一枚の自動扉。その先のロビーにあるソファに腰掛ける人影がひとつ。

二枚目の扉を開くと(自動的に開いただけだが)、予想通りの人物が座っていた。

正門で守衛の言っていた竹内教授が紙コップのコーヒーを飲み干す。在席する研究室のボスにあたる人物だ。

「竹内先生。」

「おお、佐藤君。おはよう。」

「おはようございます。待たせてしまってすみません。」

「いやいや、ちょうどコーヒーが飲みたかったから構わないさ。君はいつも時間通りだから、こちらも行動がしやすい。」穏やかな顔で言う。

「お話なら私の居室でも構いませんよ。コーヒーくらいご馳走します。」

「ありがとう、それでも良かったんだが…。今日は私も呼ばれた側でね。」

ちょっと困った風のリアクションをしながら言うが、あまり困ったようには感じられないのは人柄のせいか。

 

会議室の前側の扉をノックする。

「どうぞ」と返事をする声が微かに聞こえた。

「失礼します。」

扉を開けると、窓際にこちらを向いて立っている人物が一人。六十前だったとどこかで聞いた覚えがあるが、まだ多く残る黒髪のせいか年齢よりも若く見える。まあ、そんなことは特に意味のない事象だが。

専攻長という肩書きを持ったその老人は、目の前にいる二人の人物に着席を促し、自分も向かいの席に着いた。

「呼びだしてすまんね。」

そんな考え事をしていたため、なんと反応してよいか一瞬詰まり、黙って首を横に振る。

「それで今日はどういった…?」竹内が早速尋ねる。

うむ。と一呼吸置いてから続ける、

「小林陸先生の事は知っているな?」

少し間があき、竹内が答える。

「ええ、もちろん。世紀の大発見をした人物ですね。」

「結論から言うと、その小林先生を本学に迎えることになった。早ければこの春からだ。」

「え?」

「もちろん我々の専攻にだ。竹内先生、あなたの下に付いてもらうことになる。佐藤君には、彼の直接の指導に当たってもらいたい。」

「ちょっとまってください。何も聞いていません。」

「だから今話しているのだよ。時空間工学は今ホットな分野だ。世の中の話題性もあり、研究費も増額される。」

「増額…。ですか?」竹内がピンと来ない様子で繰り返す。

「普段仲の悪い学長と副学長もこれについては意見が一致している。珍しいものだ。」

「ですが、場所や施設はどうするのですか?」

「悪いがしばらく貸してやってくれんかね?予算が増えたとはいえ、すぐに新たに施設を作る事は出来ない。」

「…が、ここだけの話、将来的に『時空間工学応用研究拠点』として新しい研究施設を作る案が出ていてね、その時に小林先生を中心とした研究グループを発足するという計画だ。もちろん君らにも入ってもらいたい。」

「なるほど…」

「今の研究はどうするのですか?期間のかかる大きな実験を始めています。」思わず竹内の言葉を遮った。

「逆に、計画停止しているような研究もあるんじゃないか?予算も増えるし新しい知識を取り入れて一気に進むかもしれないぞ。」

「…。」

沈黙。

会話が途切れた瞬間、少しめまいがした。

「それでは、私はお払い箱ということですか?」めまいがしたが立ち上がって言う。

「そんな大げさな。そうは言っておらんよ。今までの君の知識や経験で大いにサポートしてやってほしい。」笑顔で言う。

遠巻きにそういう事じゃないか。

めまいがひどくなったような気がした。

 

「...」

小林陸...会ったこともない奴に、こんなにもプライドを痛めつけられたのは初めてだ。

苦い表情をしたのが自分でもわかる。

「それで...」

「そうとも...」

話を続ける二人の言葉は佐藤の耳には入ってこない。

「...」

ふらふらとめまいが強くなっていく中、ふと、佐藤の心にある小さな思いつきが現れた。―


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