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南極観測隊から帰還した父親の南極オンザロックの話。

昨年の6/20、緊急事態宣言が解除されたあたりで、飛騨古川に新しく出来た宿の試泊にお呼ばれした時に、ロビーでご一緒した僕の車の件で色々お世話になっている自動車屋のおっちゃんと飲んだ時にこう言われた。
「中川ちゃんの過去についてはあまり知らないんだけれども、前に一緒に飲んだ時に、中川ちゃんの親父さんが南極観測隊で、南極の氷でオンザロックを飲んだ…ってことは知っているんだよ」

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う〜む。当たっている部分も一部あるんだけれど、外れている部分はあまりにも遠い。
吠える40度、狂う50度、叫ぶ60度くらい、遠すぎる。

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その話は今から10年前に遡る。
実家で過ごした時のこと。
父が僕にこう言うのだ。
「雄介は南極観測船は見ているか?」
「???」
「ドラマだよドラマ…」
「ああ、南極大陸のことね。うん見ているよ」
「そうかそうか!」とここぞとばかりに喰らい付いてきた。

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父の話をまとめると、
・父は昔防衛庁に勤めていて、広報として乗組員を晴海埠頭まで見送りに行った。
・その時の観測船(砕氷艦)は、ドラマの中に出てくる「宗谷」ではなく「ふじ」
・その観測隊が無事帰還した時に、その時見送った乗組員からお土産として南極の氷をもらって、それでオンザロックを飲んだ。

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「グラスの中で、空気を含んだ南極の氷がシュワシュワと小さな音を立てるんだよ…」

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父の話はテンポ良く、それはもう、本人が喋りたくてしょうがなくて、ワクワクしながら話すもんだから、こちらも頭の中で無理矢理ロックグラスの中でシュワシュワと音を立てる南極の氷とウィスキーを想像してみる。
そりゃ美味いんだろうな…というのはわかる。
きっとこうなるともうウィスキーの味云々のレベルではなく「悠久の時を飲む」っていう行為に酔いしれる感じなんだろう。
よくよく考えると父がスゴイわけでもないのだが、「オレは悠久の時を飲んだんだ…」って雰囲気に「オヤジスゲ〜」ってなった。

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それから6年後の1月のある日。僕の大好きな代々木上原のイタリアンレストラン「コンチェルト」のカウンター席にて、極上のイタリアンとワインを楽しみながら、このスゲ〜父親の南極オンザロックの話をしていると、オーナーシェフが、ドラマ「HERO」の田中要次さんさながら「あるよ」と言う。

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「え?」

父が飲んでシュワシュワした南極の氷が今ここにあると言うのだ!

「飲んでみますか?」

「良いんですか?はい、飲みたいです!」
まず断る理由が見当たらない。

そうして、相変わらず美味い料理とワインとでほろ酔いになった僕の酔いを覚ますチェイサーのように、僕の前に南極オンザロックが運ばれてきた。

コレか!!

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6年前の父の言葉を思い出す。
「空気を含んだ氷」
「シュワシュワと音がする」

あぁ…ホントだ…

空気が入ったエアリーな感じが見ただけでわかる氷が、グラスに耳を傾けると確かにシュワシュワと音をたてている。氷を見ていると時折小さな泡が弾ける。
流石にこの氷にトリスとかは注げないな…。
そこは流石にミシュラン認定の「コンチェルト」、銘柄は忘れたけど、もちろん悠久の時を飲むに値するだけのウィスキーが注がれていた。

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酔いしれましたよ。そう、きっと父と同じように、悠久の時を飲んでいる自分に…。

…と言う話を、その1年後くらいに冒頭の自動車屋のおっちゃんと街で飲んだ時に話したのだが、その時おっちゃんは相当酔っていたせいで、ウチの父を酔いに任せて勝手に南極大陸まで連れていってしまっていたんだろう…

そんなこんなで数年ぶりに一緒に飲むことになったコロナ禍にオープンした新しい宿のロビーで、僕は南極観測隊から無事帰還して、南極オンザロックで悠久の時を味わったイカした父親の息子…ということになっていた。

その翌日6/21は父の日でもあり、僕の誕生日でもあった。例年だとだいたい両親が飛騨に来てくれて父の日と共に祝うのだけれど、コロナ禍なので、テクノロジーを活かしてZOOMで祝うことに…。これがなかなか楽しい父の日だった事をよく覚えている。

そんな父が先日4/6に急逝し、葬儀を終えて飛騨に帰った4/14の朝に、ふとその時のZOOM父の日を思い出した。

「待てよ?あの時のZOOM、録画してたんじゃなかったっけか?」

心臓の鼓動を強めながら、あの時のZOOMで使った旧いMacbook proを開ける…

あった!!!!!
父がこちらを向いて、はじめてのZOOMとは思えないくらいにテンション高く話している動画がおよそ90分間。
(この動画のおかげで、今も父が生きているみたいに思える。だってほんとどコチラを向いて僕に話しかけているんだから…)
その後半の終わりかけに、僕が前日の自動車屋のおっちゃんの話をする。

「昨日一緒に飲んだおっちゃんの中では、何故かお父さんは南極から帰還したことになっていたんだよ…」と。

まあ、この流れからなら間違いなく盛り上がるんですよ…ウチの父は。
そんな話の中で父が笑いながらこんなことを言っていた。

「雄介は(昔話したことを)よく覚えてくれているよ。そう言う話をお父さんが亡くなって葬儀の時に話してくれると良いんだよ」

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あれから9ヶ月と20日くらいか…。
いやぁ、お父さんゴメン、忘れてたよ。
葬儀終わっちゃったよ…。
だってエピソードありすぎるから…。

だからこの話は、四十九日か、コロナが終わったら大ホール借りて偲ぶ会を開催した時にでも話して盛り上がりますよ!

と言うのが、南極オンザロックの話でした。
きっと天国でも自慢げに話しているんだろうな…。

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