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自分の走馬灯に流れて欲しいミュージカル3選

精選版 日本国語大辞典より

以前、ふーふー君が「自分の走馬灯に流れて欲しい音MAD3選」というブロマガ(ブロマガにつき消失)を書いていて、私もそういうのを書きたいと思ったので書きます。
判断基準は、

  • 全体として完成度が高いこと

  • 読後感(観後感?)が良く、かつ誰かに語りたくなるとかじゃなくて自分の中だけでしみじみと良いこと(見終わったら死んでしまうので)

  • 作品のテーマが死の状況に適していること

です。
古典的な作品ばかりではあり、またある程度は配慮していますが、解説しようとするとネタバレを含んでしまうので注意してお読みください。


その1. カンパニー

2011年コンサート版。米国AmazonにはDVDがありました

スティーブン・ソンドハイムによる1970年のミュージカル『カンパニー』。氏の最高傑作の一つとされていて、何度となくリメイク・リバイバルされてきた作品です。私は2006年版、2011年版、2021年版を観ました。

主人公・ボビーの誕生会に集まった5組のカップル。結婚に対して煮え切らないでいる主人公が彼らの話を聞いていくうちに人生観を変えていく……といったストーリーです。
ストーリーの書き方がちょっとぼんやりとしていますが、もともとやや前衛的な作り(時系列バラバラで何度も誕生会のシーンにループする)になっていることもあり、細かいところが演出によって結構変わる作品なんですね。特に2006年版ではミュージカル文法に慣れ親しんだ私でも「????」となる演出が使われていました。

『カンパニー』の最も気持ち良いシーンはラストです。前述の通り、主人公は何度も誕生会にループするんですが、1幕冒頭や2幕冒頭では友人に囲まれためちゃめちゃ賑やかな誕生会が描かれるのに対し、ラストシーンでは友人を全員帰らせ、自分一人になったところで満足気にロウソクの火を吹き消して暗転。終幕となります。
これは暗喩的表現で、「主人公が友人の意見に左右されず自分の人生を生きることを決めた」ことを示す演出などと読み取るのが適当だと思いますが、それはそれとして私も賑やかなパーティーが苦手なので、一人きりになって静まり返るシーンにはある意味カタルシスがあり、満足感があります。
走馬灯ミュージカルとして見ると、死とは孤独であるが、孤独とは安寧であるという感じに救いがあって良いと思います。ロウソクを吹き消したところで命が尽きるのも完璧(落語の『死神』すぎる気もしますが……)。

(2006年版のDVD。演出が尖っているので最初に見るのはオススメしません)


その2. クリスマス・ストーリー

何のことだか分からないポスターだが、アメリカ人には分かるらしい

原作は1983年の映画『A Christmas Story』。日本では未公開ですが、アメリカでは定番中の定番のクリスマス映画です。主人公の家族がガラガラの中華料理屋でクリスマスを祝われるシーンが有名。

ミュージカル化されたのは2009年と最近です。ストーリーは、老いた主人公・ラルフィーが子どもの頃のクリスマスを回想するというもの。
パパがクロスワードを解いてたり、冷えた鉄棒に舌をくっつけるゲームをしたり、おもちゃのライフルを欲しがったり、宿題で悪い成績がついたり……といった1940年代の他愛のない日常が何だか懐かしくて楽しいね、というだけの話ですが、懸賞で脚のランプ(上の画像参照)が当たるシーンなど絵的にフックが多く、ミュージカル映えしています。

これだけだとミュージカルらしいバカ話で終わるんですが(それはそれで好きなんですが)、この作品の一番好きなところもやはりラストシーンです。
それまでは上記のようなワチャワチャした展開がずっと続いているんですが、クリスマスの一日を終え、回想している主人公がしんみりした曲の中で「この何気ない日常は両親からの愛に包まれていたんだ」と気づいたあと、
観客に向き直って舞台を静かに締める一言が好きです。“Good night, Ralphie. Good night, all. Thanks for listening. Merry Christmas."

全体が回想の話というだけあってもともと少し走馬灯じみた作品なんですが、最後現実に引き戻って静かに幕を下ろすところが死ぬ前に見るのにピッタリだと思います。もっとも、クリスマス以外の時期に見ると最後の“Merry Christmas"がイミフになってしまうので、クリスマス限定走馬灯ミュージカルといったところでしょうか。

長らくソフト化はされていませんでしたが2017年にマシュー・ブロデリックやマーヤ・ルドルフなど豪華キャストでTV版が放送され、入手しやすくなりました。

(TV版。舞台版の方が好きですが、これはこれで見るところがあると思います)


その3. 王様と私

ブロードウェイで渡辺謙が主演した2015年版の画像

カンダー&エッブやコムデン&グリーンなどミュージカル界には作詞や作曲の名コンビとされる人々がいますが、その中でも最も有名なのが『シンデレラ』『サウンド・オブ・ミュージック』などで知られるロジャース&ハマースタインで、本作も彼らの代表作の一つです。

シャム国(現在のタイ)の独立を維持するために近代化を図る王様と、家庭教師としてシャム国に招かれた家庭教師・アンナとの交流を描いた作品です。こういったテーマだと「西洋の最新知識を持ったアンナが旧態依然の王様を論破する」みたいな、なろう系っぽい話にもなってしまいそうですが、王様を一貫して「新しい価値観を受け入れる度量があるが、それゆえに自身の伝統的な価値観との葛藤に悩まされている王」とリスペクトをもって描いているのがこの作品の偉いところだと思います。

さらに偉いのが、これを「葛藤を解消して新しい価値観に変わりました!」と安易にハッピーエンドに持っていくのではなく、結局最後まで王様はモヤモヤを抱えたまま、ついでにアンナとの関係もモヤモヤしたまま、シャム国の未来は次世代のものだ、という終わり方をするところでしょう。
これだけだと、じゃあ結局何の話だったんじゃ、と思われてしまいそうですが、リチャード・ロジャースの素晴らしい音楽によって「世の中には自分と折り合いのつかないことは沢山あるけど、それでいいんだ」と前を向かせてくれる力があります。「天 ―天和通りの快男児―」でアカギの言った「不本意と仲良くすること……そんな生き方が好きだった……」と通じるところもあると思います。

いずれにせよ、私も多くの人と同様に、ハッピーばかりの人生というわけにはいかなそうなので、こういう白黒つかない作品を最後に見ておきたいなというふうな感じです。あと作中一番有名な“Shall We Dance?"のシーンが割と唐突に出てくるなど、随所に「ミュージカル文法使ってんな~」って感じがあるのも好み。

(アニメ化もされているらしいが未確認)


なお、走馬灯で見たくないミュージカルは『紳士のための愛と殺人の手引き』です(理由:ラストに納得いかないから)


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