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夏期講習でひとり波乱の幕開けを迎えた話-図書館の日々

僕は図書館で働いていた。
仕事自体はとても楽しかった。
いろいろあって辞めた。
辞めてしまった今だからこそ、本音を交えた話ができたらと思う。

作文なんて久しぶり

 図書館で働き出してから4年目くらいだったか、司書の資格を得るために夏の間都内の大学で夏季講習を受けた。2ヶ月現場を離れることになるので現場の責任者には事前に許可を取った。夏の2ヶ月はいつもより来館者が増えて図書館にとっては非常に忙しい時期なのだが、わがままを聞いてもらった形だ。
 夏季講習の間の仕事は休職扱いとなり、なけなしの有給を使い切ってもぜんぜん日数は足りなかったので、生活費も含めた資金を貯めておかなければならなかった。受講料+2ヶ月分の生活費を確保するのは薄給の図書館員にとってこの金額は大きいもので、資格を取ろうと思ってからその日までかなり生活を切り詰めていた。
 しかも司書資格の夏季講座には例年おおくの希望者がでるために、願書を出す時点で志望動機の作文を提出して受講を認められなければならない。大学側はこれをもとにして受講者を決定する。要するに落ちる場合がある。資格を取れば昇給があるかもしれない。もしくはより時給のいい仕事を得られる可能性もでてくる。という主に金銭面的理由から受講を志していたので、準備が無駄になるのは避けたかった。作文は司書としてしっかり勉強したい旨を真面目な文体で書き連ねた。作文なんてあまりにも久しぶりだったけれど、普段から文章は書いていたのでさほど苦にはならなかった。いかに心証を良くするかだけ考えた。
 すでに現場で働いているという点は有利に働くだろうとおもっていたが、振り返ってみると選考はあくまで大学側の裁量なので実際のところはわからない。もしかしたら受講者全体の年齢層を平均的な数値に収めたいという意図だってあったかもしれない。

散々な初日

 何はともあれ選考はめでたく通過した。受講料は自分にとって決して安い金額ではなかった。振り込んだ瞬間はすこし神妙な気分になった。自分で稼いだ金を自分の未来に投資するという経験は「無駄にはできない」という思いをさらに強化させた。
 しかし、講義初日の早朝、持病の腎臓結石を思わせる重い腹痛に襲われた。頭の中をいろんな思いが駆け巡った。
「なぜ今?」
「救急車を呼ぶか?」
「初日から欠席などあり得ない」
 などなど。
 結論から言うと耐えた。意思の力で耐えた。
 まず立てるかどうか、なんとか立てた。
 さて、となったが、けっきょく石のせいだとすると尿と一緒に体外に出してしまうしかないのはわかっている。水を飲んだ。そしてジャンプを繰り返した。なぜそんなことをするのかと言うと石を物理的に尿道の下のほうに落としていかなければならないので、ジャンプの後の着地の衝撃を利用して石を移動させるためだ。時間は朝の4時過ぎ。下の階の部屋に悪いので外に出た。近所をひょこひょこ飛びながら部屋に戻って水を飲む、を繰り返したところ痛みの箇所が徐々に下に落ちていったのでこれは自力で出せる、と判断した。
 そんなこともあって夏季講習初日はひどい有様だった。水を頻繁に飲んで休憩時間になるたびに大学構内を飛び回ってトイレに行った。痛みがひかないのでひどく不機嫌な顔をしていただろう。後半で仲良くなった人に「目つきが悪かった」とあとあと言われた。午後になりそこから3度目くらいのトイレで用を足している時に、スッと痛みが消えた。石が尿と一緒に外に出たと確信した。その後数日、休憩のたびにキャンパス内のベンチで横になって体を休める羽目になった。あんなことは2度と体験したくない。数年後にもう一度自宅で救急車を呼んだことがあったが、よくこんな痛みを耐えたものだと不思議で仕方ない。意地になっていたのだろう。

楽しい

 夏期講習というのは大学で数年かけて受ける講義を2ヶ月に凝縮して済ませてしまおうというものなので、かなりタイトなスケジュールで進行する。軽い気持ちで参加する人が多いと思うが、実際は大変な思いをする。
 講義は週6日、9時から18時までひたすら続く。ずっと座りっぱなしで腰が痛くなる。これがけっこうきつい。人生の先輩方は早めに腰の負担への対策を始めた。
 受講者はいろんな人が集まっている。学生やすでに現場で働いているもの、主婦もいた。年齢層も現役の学生から定年退職した年配の方々まで、幅広い。全員が同じ講義を受けるときと、いくつかのクラスに分割されるときがあった。特に座席を指定されなかったのでみんなばらばらに好きなように座る。徐々に席が近い人と話をするようにもなる。
 ただ話を聞くだけの講義ばかりでなく、受講者同士がお互いの意見を交わし合うような「ラーニングコモンズ」の考え方が推奨されていることもありグループ学習やディスカッションの形をとることが多かった。会話は自然と増えていく。受講者はだいたいいつも同じ席に着くようになるので、近くの人と話すようになる。ただ、人数が多いぶん講堂も広く指定の席がないので、時間の経過とともに少しずつグループの形が修正されていく。そうやって休憩時間がだんだんとにぎやかになっていく。こういうところは普通の学校と変わらないが、年齢層が広いことや期間限定であることも影響しているのか、どこを見ても雰囲気がいい。みんな学生気分を楽しんでいる。というか一時的にしろほんとに学生なんだけど。

 肝心の講義の方は、実際に仕事を始めている人ならすでに理解している内容も多々あり、そのへんは成績に有利に影響するだろう。とはいえ授業を受けてみて初めて知ることもおおかった。専門職ならではのアカデミックな部分は頭を刺激されて楽しかった。

通信もアリます

 司書資格を得るには夏期講習の外に通信教育を受ける手段もある。こちらは比較的に安価で済むので働きながら通信で学んでいる現役スタッフもいる。ただし、やはりフルタイムで勤務しながらとなるとかなりの努力を要する。図書館の仕事は早番、遅番があり休みの日も一定ではないところが多い。勉強のペースをつかみにくい上に仕事終わりは大体疲れているので継続には精神面を強く保たなければならない。挫折するものも多い。
 自分にはとても無理だと思ったので、僕は夏季講習にこだわった。
 自宅通いが可能だったり勤務が週4とか週3とかの人なら有給などでうまくペースを作れば通信学習も楽しめるかもしれない。すべては自分次第なので開始前には強いマインドセットが必要だと思う。

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