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いろんな人がやってくる-図書館の日々

 僕は図書館で働いていた。
 仕事自体はとても楽しかった。
 いろいろあって辞めた。
 辞めてしまった今だからこそ、本音を交えた話ができたらと思う。

 特に図書館とは関係ないことかもしれないが、僕は不思議と子供に好かれる体質で、児童書のコーナーに設置されているカウンターに座っていると、そこを通りかかる子供のうちの誰かがふと立ち止まり、こっちをじーっと見てくることがよくあって、「こんにちは」と挨拶すると笑ったり照れたり慌ててお母さんのところに戻って行ったりする。僕自身は書類仕事の内職をしていることもあるし、配架が終わってなければ書架を巡って配架を終わらせるのだけれど、気がつくとこっちを見ている子がいたりするのだ。
 理由がわからないがどうも注意を引いている。
「そういうことある?」
 と知り合いに聞いてみたがやはり特殊な例かもしれず、逆に
「背後になんかいるんじゃない」
 と言われたりした。背後霊とか守護霊とかそういう意味だ。
 僕自身は霊感みたいなものは全くないのでピンとこない。
 とはいえ嫌なことではない。
 むしろ僕が子供大好きなので好かれるのはありがたい。
 例えば電車の中で赤ん坊がいくら泣き喚いても、うるさいと思ったことがない。背後から自転車で追突されても相手が子供だと怒りすら湧かない。逆に子供嫌いの人がいるのが不思議でならない。「子供の声がうるさい」と言って保育園や幼稚園の建設に反対する人たちが理解できない。僕は子供のはしゃぎ声が聞こえると「元気だなあ、いいじゃん」と思ってしまう。
 自分の子供を持ったらそんな感覚も変わるのだろうか?想像がつかない。甘やかし過ぎてしまいそうだが、逆にその反動で厳しくし過ぎてしまうのかも知れない。少なくとも現状では子供たちの味方でありたいと思っている。
「そういう雰囲気が子供にはわかるんだよ」
 と知り合いに言われ、そういうものか、ということにしている。

図書館に来るいろんな人たち

 図書館に来る子供たちのなかにはそれぞれ事情を抱えている子もいた。
 ある程度の年齢になると親の仕事帰りに時間を合わせて待ち合わせ場所になっていることがある。図書館のスタッフはすぐに気づく。ひとりでいる子は見ているとわかるし、毎日のようにそうしている子もいる。なるべく声をかけてみるし、スタッフ間でも共有して顔を覚えるようにしている。寂しくなって泣き出した子を事務室で保護してなぐさめたこともある。
「なんか怖いことあったら遠慮なく入ってきなさい」
 と伝えたこともある。気にはなるが僕らも仕事中なので常に見ているということもできない。本業を疎かにはできない。
 事務室は利用者の個人情報を扱ったりするので、基本的に一般の方はいっさい立ち入りできない場所だ。苦情を言おうとして強引に侵入しようとしてきた人を仁王立ちで食い止めたこともある。そういう場所だが、子供に何かあってからでは遅い。悩む前に逃げてこれるように、との思いで子供には配慮する。僕は誰にも許可を得ず「入ってきなさい」と伝えていた。もしかしたらこの僕の対応には異論もあるかも知れない。

 図書館は身近で安全な場所、というイメージがあるだろう。基本的にはその通りだが、本当にいろんな人たちが来るのでまったく無警戒ということにはできない。
 よく素性のわからない人が毎日大きな荷物をかかえているが、一見浮浪者には見えない。そこそこきちんとした身なりでやたらと他の利用者やスタッフに話しかけてくる。そしてあらゆる人に出身地を聞いていたりする。会話の雰囲気ではなんらかの精神疾患を抱えているようにも思えない。要警戒となる。
 とある女性スタッフに注目してじっと見ている男性がいる。ほぼ毎日来館する。離れた場所からカウンターを見ている。雑誌を読んでいるふりをして覗き見ている。このような例はかなり多い。帰り道をつけられて警察沙汰になったこともあれば、出待ちをして挨拶だけする人もいる。ファンで終わればいいがストーカーは困る。
 ハサミやカッターを使って閲覧席でなにやら制作している人には注意をする。「刃物を使った作業はおやめください」というと「これは文房具だ」と抵抗する。そういう作業をする場所ではないし子供たちも多いから、と説明してやめてもらった。
 館内で犬を離してしまった例もある。わざとというか、「開放してあげた」らしい。逆に「いろんな人がいるからワンちゃんの方が危ないですよ」といって確保してもらう。

 こういった話は個人情報と紙一重になりかねないから、かなりフェイクを入れてある。だが多くの図書館員はうんうんと頷くだろう。「あるある」「いるいる」と思うだろう。上にあげたのはまだまだ比較的平和的事例だ(ストーカーは別だが)。話せないようなことも色々ある。

図書館は安全な場所(を目指している)

 図書館は安全な場所だろうか。
 最近では館内を巡回するためのスタッフを雇うことも多い。これは主に民間の事業者で採用されている人員配置だ。警察を退職したシルバー人材を館内の治安維持のために活用している。実際に警察出身者と話すと利用者対応などで勉強になることが多い。引退したとはいえ元気な人たちばかりで、もう体格から違う。そして何か起きた瞬間にスイッチが切り替わる。警察官の雰囲気を出してきたときの彼らは本当に頼りになる。心理的な安心感がある。目を光らせる場所が違う。気なったところは報告してくれる。些細なことも含め、巡回スタッフが未然に防いでくれた例はたくさんある。
 警察時代の話を聞いたりするものまた面白い。スポーツを続けている人もいる。魅力的な人たちだ。

 図書館内の安全は中で働いている人たちの継続的な努力によって維持されている。だが限界もある。施設の設計上、目の届かない場所もあるし、忙しい時間帯には他のことに気を配る余裕がなくなる。人員は常にギリギリだ。
 ここまで話してきたことが日常的に起こるため、図書館員たちの安全への意識は強い。だがそれでも想像の範疇を越えることは起きるので、使う側もそれなりに注意を払っておいた方がいいと思う。一般で考えたらスーパーやデパートに出かけるのと同じくらいの認識でいい。

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