蔵書点検という祭り-図書館の日々

 僕は図書館で働いていた。
 仕事自体はとても楽しかった。
 いろいろあって辞めた。
 辞めてしまった今だからこそ、本音を交えた話ができたらと思う。

年に一度の棚卸し

 各図書館では、年に一度「蔵書点検」というものを実施する。その館に所蔵されている資料の実態を把握する作業だ。
 たとえばデータ上では10万冊の所蔵があるが、資料の実物をカウントしていってそれが正しいかどうかということを調べるのだ。全ての資料にはIDが振られていて、「資料ID」や「資料番号」と呼ばれている。その数字がバーコードで表され、ICタグに記録されている。その番号を読み取っていく作業になる。
 要するに棚卸しだ。
 図書館の本はまれに盗難に会う。また、判明していない不明本や返却処理が正常にされないまま棚に戻されてしまうものもごくまれに発生する。それらは業務中に発見されることもあれば書架の中でひっそりと眠り続けるものもある。
 人気があったり一定の需要がある資料なら、その本を求める利用者から「見つからないんだけど……」という指摘があり、状況を確認できるのだが利用回数の少ない本はその機会がなかなかやってこない。そう言った状況を改善するために蔵書点検が必要になる。

 近年では蔵書点検のやり方は大きく二つの種類に分かれている。
・ICタグを使用する方法
・バーコードリーダーを使用する方法
 こののふたつだ。どちらになるかはそもそも資料にICタグが装備されているかどうかで分かれてくる。
 ICタグはそれ単体なら安価だが、小規模な館でも10万冊以上の蔵書があるので自治体規模で考えると装備するだけで億単位の予算が必要となる。ここで二の足を踏む自治体は多い。場合によってはICタグが装備されたものと装備されていない資料が混在している自治体もある。また、ICタグを使う方法も採用する図書館システムによってやり方が違ってくる。この辺りの技術は現在進行形で進化の途上にありひとくくりにできないところがある。
 対してバーコードリーダーをつかう方は単純で、全ての資料のバーコードを読み込んでいくだけだ。
 僕はどちらも経験したがどちらにも利点と欠点がある。

 ICタグ方式の利点はとにかく読み込みが速いことだ。そのため人手も少なくて済む。ただし読み漏らしが多く、のちの作業に重点が振られることになる。具体的には不明本として扱われる資料が大量に出てきて、実際にそれを探しにいくという作業になる。また、システムによってはこの利点が活かせていないものもあるが、おそらくこれは解消される方向だろう。毎年横浜で行われている「図書館総合展」というイベントに行くと最新の技術を紹介している企業のブースがあるので覗いてみるとなかなか楽しい。

 バーコードリーダーを使用する方法に関しては、作業員がちゃんと注意していれば読み漏らしを極小化できるということになる。この「ちゃんと注意してれば」がなかなか大変で、これは蔵書点検(以下「蔵点」と略す)を指揮する人間の力量が問われてくる。
 何しろ蔵書が数万点あるので館の規模によっては通常のスタッフだけでは作業が追いつかないこともある。そういう時は外部からヘルプを呼んで人員を補填する。この募集から受け入れまでの管理も発生する。作業の当日は道具の準備からヘルプの受け入れ、作業の説明など様々な工程が集中するので大混乱だ。
 作業の規模に対して指揮する人間がひとりだけという状況が散見され、この指揮がうまくいかない場合がある。この結果として進捗状況の把握が追いつかず「棚一列丸ごと読み漏らし」という事態が発生したりする。こうなるとスケジュールが狂い、リカバリーが大変になる。
 僕が陣頭指揮に立った時はこの状況を改善するために「指揮チーム」を形成した。館の規模にもよるが、複数人で目端が効くようにしたほうがいい。もし蔵点の計画に悩んでいる人がこの記事を読んでいたら、ぜひ参考にして欲しい。チーム内で計画のすべてを共有し、役割を配分する。規模にもよるが僕は5名でチームを作った。これだけで蔵点のトラブルは激減する。これはICタグ使用のシステムでも同じことが言える。
 バーコードを読み込んでいく場合の欠点は、人員の管理なども影響して準備段階の負担が大となることだ。

年に一度の一体感

 話が前後してしまうが、この蔵点実施の際には対象の館は1週間程度の期間をとって一切の業務を休止する。ここまで記してきたように蔵点は時間がかかる作業のうえ、途中で蔵書のデータが書き換わると正常な点検にならない。なのでその期間は貸出はもちろん返却処理や予約の割り当てすら行わない。通常業務はすべてストップさせなければならないので、この期間に急ぎの資料を求めている人は注意しておいたほうがいい。蔵点が始まると蔵書の検索ぐらいしかできなくなる。
 ただし返却用のポストは開けているので返却された本が処理できないまま日々溜まっていく。1週間の期間をとるのは蔵点自体の作業が終わった後にこうした溜まった返却本などの処理があるためだ。蔵点の間はこうした返却や予約の割り当てを待つ資料がどんどん積み上げられていく。
 すべてが時間との勝負で、やり直しが効かない。
 だが図書館員たちはこの蔵点が楽しくて仕方ない。

 図書館は土日も休むことなく開館していて、休館日が月に一度だけと言うところもある。スタッフにはパートの人や時短業務の人もいるので、シフト制で不規則な勤務になっている。
 外部の人間をシャットアウトして黙々と単純作業を繰り返し、すべて読み取りを終えた後には不明本の捜索に全員で取り掛かる。普段は早番と遅番に別れているスタッフたちが同じ時間帯で同じ作業を同時にこなすのは、正月明けを除けば1年間でこの時だけだ。
 この滅多にない濃密な一体感が高揚感を生む。もちろん管理者の緊張感は無くならないが、準備を重ね、限定された時間の中で、非日常的な空間を、みんなで一体となって体感する。
 蔵書点検とは祭りなのである。


※念のため申し添えておきますが、「お祭り気分」で仕事をしているわけではありません……

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