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ひと続きのシュテルン=ゲルラッハの実験①

1)今からちょうど100年前の実験

量子力学で「スピン」というものの性質がよく表されている実験として、「シュテルン=ゲルラッハの実験」(Stern–Gerlach experiment:SGE)というものがある。

図1)シュテルン=ゲルラッハの実験の様子

今からちょうど100年前の1922年、シュテルンとゲルラッハが、銀を加熱炉で蒸発、つまり気体にして、吹き出し口から出てきた銀の気体分子(というか銀原子)を、上手いこと磁場をかけたトンネルと通過させたら、銀の位置は通過後に2ヶ所に分離した、という実験である。

これが、金属の固体のひとかたまりなら、それ1個分が通過する穴を通して、同じ仕組みのトンネルを通過させても、壁に当たる時は「1ヶ所」である。また、金属を液体にして、うまいこと1滴ずつ飛ぶようにして、穴も、その1滴がちょうど通り抜けるくらいの大きさにして、同じ仕組みのトンネルを通過させれば、そのときも、まあ、壁には「1ヶ所にべちゃっと」当たってしまう。もっと高い温度で、(温度が高くなると分子の平均の速さはとても大きくなるが)トンネルの穴をとても小さくして、高速の銀原子を飛ばしてトンネルを通過させてみたら、ほんの少し離れた2つの場所に当たるということがわかった。

一応、トンネルの中の磁場を、どういうふうにして置いたかをざっくり説明すると、トンネルの天井には尖ったN極が並んでいるようにして、床には平べったいS極が敷かれているようにする。このようにすると、磁力線は、トンネルの長さ方向と垂直な平面(つまり、トンネルの断面)にあって、磁束の密度はその平面の中で不均一になる。

図2

このトンネルの中の、銀原子が通過するであろう空間の磁束密度$${\boldsymbol{B}}$$は、マクスウェル方程式の

$$
\rm{div}\boldsymbol{B}=0
\tag{1}
$$


に従うだろう。ミクロで成りたつのかどうか知らないが、多分そうなっているだろう。まぁ、とにかくそうだと考えておく。

さて、この事態を数式に書くなら、この実験装置、というか実験室に座標系を導入しなければいけない。いくつかの教科書では、図1と図2の上下方向にZ軸、図1の左右方向にY軸(つまり、図1のX軸は奥から手前)、図2の左右方向にX軸(つまり、図2のY軸は手前から奥)としているので、ここでもそのようにする。

つまり、トンネルはY方向に伸びていて、銀原子は-Yから入ってきて+Yに出ていく。トンネルの断面は、入り口から見て天井のある方向が+Z、右手の方向が+Xという座標系にする。

さて、そうすると、銀原子の通過するあたりの磁束密度は、式(1)を考慮して、

$$
\boldsymbol{B}=(B_x,B_y,B_Z)=(bx,0,-B-bz)
\tag{2}
$$

とおける。ここで、$${b}$$は小さな正の定数、$${B}$$は大きな正の定数であるとする。

量子力学の教科書によると、磁場の中にある磁気モーメントをもった原子の挙動は、パウリ方程式

$$
i\hbar\frac{\partial}{\partial t }|\Psi\rangle=\left(\frac{\boldsymbol{p}^2}{2m}-\boldsymbol{\mu} \cdot \boldsymbol{B}\right) |\Psi\rangle
= -\frac{\hbar^2}{2m}\nabla^2 |\Psi\rangle-\mu \left( \boldsymbol{\sigma} \cdot \boldsymbol{B} \right) |\Psi\rangle
\tag{3}
$$

に従う。
ここで、$${\boldsymbol{\sigma}=(\sigma_x, \sigma_y, \sigma_z)}$$で、それぞれはパウリ行列

$$
\sigma_x = \left( \begin{array}{cc} 0 & 1 \cr 1 & 0 \end{array} \right),
\sigma_y= \left( \begin{array}{cc} 0 & -i \cr i & 0 \end{array} \right), 
\sigma_z= \left( \begin{array}{cc} 1 & 0 \cr 0 & -1 \end{array} \right)
\tag{4}
$$

で定義される。
式(2)と(4)より、

$$
\begin{equation}
\boldsymbol{\sigma} \cdot \boldsymbol{B} =
\left( \begin{array}{cc} -(B+bz) & bx \cr bx & B+bz \end{array} \right)
\tag{5}
\end{equation}
$$

そこで、$${|\Psi\rangle}$$を2成分のベクトル

$$
\begin{equation}
|\Psi\rangle =
\left(
\begin{array}{c}
\psi_+ \\
\psi_-
\end{array}
\right)
\tag{6}
\end{equation}
$$

で定義して、式(3)のパウリ方程式を書き直すと

$$
\begin{align}
i\hbar\frac{\partial}{\partial t }
\left(\begin{array}{c} \psi_+ \cr \psi_- \end{array}\right)
=
&-\frac{\hbar^2}{2m}\nabla^2
\left( \begin{array}{cc} 1 & 0 \cr 0 & 1 \end{array} \right)
\left(\begin{array}{c} \psi_+ \cr \psi_- \end{array}\right)
\\
&
-\mu
\left( \begin{array}{cc} -(B+bz) & bx \cr bx & B+bz \end{array} \right)
\left(\begin{array}{c} \psi_+ \cr \psi_- \end{array}\right)
\tag{7}
\end{align}
$$

この方程式を成分ごとに書き下せば、連立方程式

$$
\begin{align}
i\hbar\frac{\partial \psi_+ }{\partial t }
=
-\frac{\hbar^2}{2m}\nabla^2 \psi_+
+\mu (B+bz) \psi_+
-\mu bx \psi_-
\tag{8a}
\end{align}
$$

$$
\begin{align}
i\hbar\frac{\partial \psi_- }{\partial t }
=
-\frac{\hbar^2}{2m}\nabla^2 \psi_-
-\mu (B+bz) \psi_-
-\mu bx \psi_+
\tag{8b}
\end{align}
$$

が出来上がる。次回はこの連立方程式を解く。


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