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舞台を支援する感染対策の専門家はどのように位置づけられるべきなのか

新型コロナウイルスの蔓延後、舞台芸術が再開するにあたり「専門家の指導を受けて公演をしています」という作品が増えてきました。
これは出演する側や観劇する側にしてみれば少し安心できる材料になっていると思います。
ではそれはどれくらい安心なのでしょうか。

ちなみに「感染症の専門家です」と言われると、私は日本感染症学会の感染症専門医資格を持っているかそれに準ずる活動をしている方をイメージします。
(この中には呼吸器感染症を専門外とされている方もおられますが、認定試験の内容はもちろん呼吸器感染症を含んでいます。)

さすがにちょっとこれは噛みついてしまったという余談ですが、3月ごろにテレビで「感染症にくわしい〇〇先生」と紹介されて新型コロナウイルス感染についてコメントされていた医師を存じ上げない方だったのでちょっと調べてみました。
するとその方は現在感染症学会にもウイルス学会にも所属していないだけでなく感染症に関する何の研究歴もない医師でした。
「感染症にくわしい」というような言葉はとても曖昧で、聞く人にも誤解を招きかねません。
こういうことは一般の方には詳細には知らされないのが報道の怖ろしい所です。
この方は最近もテレビに出てこられてはおりますが、今はそのような紹介のされ方はしておりません。
おそらくご本人がそう名乗ったというよりはご出演に際してテレビ局側がそんな風に祭り上げたのでしょう。

さてではこの感染症専門医がどれくらいいるかというと、現在1555名の医師・歯科医師が認定されています。
(ちなみに日本の医師数は現在28万人台を推移しています。)
これでもかなり増えてきてはいるのですが、お察しいただける通り現在の診療現場のことを考えれば著しく不足しているわけで、感染患者数が落ち着くか行政の支援により診療の流れに整理がつくまではこの方々にはできる限り医療の最前線でご活躍いただくべきだと私は思います。

これはよく言われている演劇を止めるか止めないかとは別次元の話です。
舞台公演がバタバタと中止になる最中にある劇作家が「専門家の指導を受けて演劇を続ければよい」という発信をしましたが、現状ではどう考えてもこういう専門家に演劇の現場を助けてもらうことは容易なことではありません。

また感染症の専門家の指導が受けられれば舞台公演は安心かと言うと、そこにもピットフォールはあります。
作り手の方にはご理解頂けると思いますが、公演前に立てられた企画の通りに完成する舞台作品はどれくらいあるでしょうか。
多くの場合に製作途中で演出は変更していき、客席設定などにも変更が加えられたりするものです。
企画段階で台本が出来上がっていないことも少なからずあると思います。
それに対して感染対策の指導を受けるということは、変更があればその都度それに対して指導を受けるということになりますが、果たしてこの忙しい方々とそんなことができているでしょうか。

つまり話し合った通りに出来上がれば安全だったかもしれないけれど、出来上がったものは話し合ったものとは違うということがしばしば発生する可能性があるわけで、そこには当初あった保証はもう存在しないということになります。

また専門家という言葉を神話化することにも危険はあります。
ダイヤモンド・プリンセス号からの感染拡大を思い出していただければと思います。
ここでは様々な専門家による感染拡大対策を行ったわけですが、結果はそれを食い止めることができませんでした。
その失敗についても色々な報道がありましたが、結論を言うと対策に乗り込んだ方々が感染対策の専門家であっても船の構造やそこでの人の行動の専門家ではなかったということです。

彼らが通常仕事をしている病院においてでさえ、時に院内感染が起こることがあります。
ましてや普段入ることのない客船内において、どこにどのような感染拡大のリスクがあるかということは感染症の専門家にとっても専門外なわけです。
船内感染対策の専門家というような方がいれば良かったわけですが、残念ながらそんな方はいませんでした。

何が言いたいのかというと感染対策の専門家に劇場や稽古場の感染対策を指導してもらう際には、劇場や稽古場の構造やそこでどのような演技・演出をするのかを十分に共有したうえでそれを受ける必要があるということです。
これが不十分だと、対策は一辺倒なものになり必ず抜け漏れが発生します。
そして現状の「専門家の指導を受けて行っています」という公演の多くがここに留まっているのではないかということを私は危惧しています。

舞台公演においてはA劇場とB劇場では異なる感染対策が必要となることが当然ですし、同じA劇場で行われる公演でも作品1と作品2では異なる感染対策が必要となるでしょう。
そして個々の作品の感染対策はその公演が終了するまで一貫したものでなければならないと考えます。

PCR検査同様、専門家の指導というのはいつも必ず免罪符となるものではありません。
それは創作に専念するための強力な支援ではありますが、決してそれだけで安心なものではないのだろうと思います。

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