【コギトの本棚・対談】 黒田紫 最終回


黒田紫さんへのインタビュー、最終回です。
前回に引き続き、お子さんへの接し方に始まり、
今後の目標、黒田先生の生き方などうかがっています。

それでは、今回も、滋味あふれるお話をうかがいましょう

(文/構成 いながききよたか)


プロフィール:黒田紫(くろだゆかり)

大学在学中18歳で日本初のプロチアリーディングチームのメン
バーとなり国内外のスポーツシーンで活躍。卒業後、神奈川県立
高校で英語・ダンス・チアを教える。子供の潜在能力を最大限に
引き延ばす独自の指導法で数多くの日本チャンピオンチームを育
成、世界大会に導く。かたわらプロ野球、Jリーグのチアチーム立
ち上げに多く関わる。多くの病と闘いながらも母子家庭で2人の
子供を育て上げ、2人を共に医学部に合格させる。母子家庭とい
う経済的・精神的に苦しい環境で2人の子供を医学部に入れた教
育法は多くの若い親たちに多くの勇気を与えている。また、脳梗
塞・メニエル病・バセドー病・摂食障害など多くの病気と闘い復
活した経験をもとに講演活動も行っている。
52歳の現在も現役チアリーダーとして活躍中。


最終回

――防衛医科大学に通う息子さんですが、
  卒業した後は、一般の病院勤務になるんですか?

黒田:いえ。自衛隊の病院に勤務するんです。
   防衛医科大学に入るときっていうのは、
   なんにも持たないで行くんですね。
   もう、向こうに全部あるから。
   前日まで寝ていたお布団そのままの状態で
   行くわけですよ。
   母としてはもう涙がとまらないですね。
   いないとわかってもお掃除しちゃう(笑)。

――せつないですね……。

黒田:つらいけど、それも運命だったのかなと思って。
   今、公立の学校だと道徳とかを、教えちゃダメなんです。
   思想に絡むということで、
   昔みたいに、親に孝とか、国に忠でしたっけ?
   そういうことを教えちゃいけないんです。
   そういう世間の雰囲気の中で、
   ある種特殊な防衛医科大学に入った息子は、
   苦労したんだろうなと思うんです。
   まだ18歳や19歳の子が週末を家で過ごして、
   日曜日の夜に帰ってくんですけど、
   大学生になった息子は、
   『お母さん、体に気を付けてね』と
   言うようになりました。もう涙がでてきちゃって……。
   まだ19歳くらいの普通の大学生の男の子が
   そんなことをお母さんに言うかっていうと、
   言わないですよね。
   やっぱり、私は自分の息子を日本国に
   捧げちゃったんだなと思って。
   覚悟してましたけど、
   それは、やっぱり息子が学校に行って
   学んだことなんだなと思いますね。

――息子さんは、どんなお子さんだったんですか?


黒田:ある時、小学校か幼稚園の時、
   『今日は学校でなにやったの?』って
   息子に聞いたんです。
   彼は『うん、一日中、空を眺めてた』って答えたんです。

――大物ですね。(笑)

黒田:木に登って、雲が変わっていく様子を
   見ていたかったんですって。
   凄いなって思ったのは、先生です。
   それを先生がさせてくれたことがすごいんです。
   あとは、一日中蟻の巣を眺めてたとか。
   一日中、蟻を眺めると医学部入るんだなって(笑)。
   私の本を見て、
   『いやぁ、うちの子、一日中空眺めたり、
   動物みてるんですよ。もう勉強しなくて』っていう
   親御さんがいたら、
   『いやいや、そんなお子さんが、
   将来医学部入るんですよ』って、
   お父さんやお母さんが自信持ってくれたら
   よいなって思ったんですね。
   最近のお母さんと話をするとね、
   『○○ちゃんは、だれも気が付かないような
   ところを一生懸命掃除してくれるんですよ』って
   私が褒めてるのに、
   『いや先生そんなこと出来ても、
   成績上がんないですよね』って
   お母様は言うんですね。
   『そうなんですか、
   うちの娘そんなことも出来るんですか』って
   喜んでくれる人って50人に1人くらいです。
   もし私なら『おたくの息子さん、この間一日中、
   空を眺めてました』って言われたら、喜びます。
   でも、たぶん今の若いお母さんは
   『先生、そんなことさせたんですか?
   授業が遅れませんでしたか?』って言うと思う。
   それじゃ、子供の心は育たない。
   クリエイティブな子は生まれなくなっちゃう。

――さみしいですね。

黒田:やっぱり、一日中、雲を眺めてね、
   その変化に心を躍らせるような子じゃなかったら、
   大人になった時に心の奥から
   生まれてくるものはないですよね。
   今回、書いた本はそういう意味でも、
   一石を投じたかったんです。
   実は、高校の授業中には、
   話をしちゃいけないと言われる話題も多いんです。
   ただ私は一人の人間としての想いを生徒たちに
   伝えることはあります。
   あなたたちはそれを自分たちで考えてねって。
   英語で「生まれる」って
   「I was born」っていうじゃないですか。
   英語で「生まれる」って動詞はないんですね。
   英語ってもの凄く理に適った言語なんですね。
   「I was born」って受身形じゃないですか。
   「生んでもらう」んですね、赤ちゃんて。
   お母さんが、一生懸命産む気にならなかったら
   赤ちゃんは生まれてこない。
   みんなは、お母さんがあなたたちに
   会いたいと思って一生懸命、
   あなたたちを生んでくれたの。
   だから「I was born」なんだよね
   っていう話をよくします。
   みんなのお母さんは、みんなをね、
   毎日、大切に想って育てている。
   あなたたちを戦地へ送って、
   戦場で走らせるためになんて、
   まったく考えたこともない。
   けれど、あなたたちのお母さんたちの想いが
   もしかしたら裏切られる日が来るかもしれない。
   そういう話をすると、男の子なんか泣きますよね。

――そうですか……。
  では、そんなお子さんも徐々に独立されていく中で、
  人生としては新たなステージになると思うんですが、
  今後の黒田先生の目論見をお聞きしたいんですけど。


黒田:いま、お預かりしている子供たちを
   一生懸命指導させていただくっていう
   だけなんですけど、当面はね。
   ただ、今いる生徒たちとはすごく運命的なものを
   感じるので、あの子たちが今度大学行っても、
   将来また戻ってきてくれたらいいなと思うし、
   子供たちが卒業してからもいつでも
   戻ってこられるようなクラブを作ってもいいなあとか、
   そんなことを思ってます。

――それはおもしろそうですね。

黒田:今回、自分で本を書かせていただいて、
   自分が子供たちにやってきたことを
   振り返る良いチャンスになったんですね。
   なので、幼児教育というか、
   理想的な保育園みたいなものを、
   もし縁があったら作りたいなとか。

――それはぜひ、応援したいですね。
  一番初めにおっしゃっていましたが、
  職業や仕事と言っても
  すごく多岐にわたっていますよね。
  もともと、自分がそういう風になりたいと
  思って今があるというよりは、
  伺っていると周りからのお誘いがあって、
  それに打ち込んできたからこそ、
  今に至ったという風に見受けられますが、
  逆にこれはちょっとお断りみたいなことはありますか?

黒田:原則的にはお断りはしないです(笑)。

――なるほど、じゃあ、誘われる秘訣を教えてもらえますか?

黒田:やはり、一度でも断ってしまうと
   断り癖がついちゃうので、
   私はありがたく人に声をかけていただいた
   ことについては一回も断ったことはないです。
   あとは、人に何を言われても
   自分の軸をぶらさないことです。
   そうすると、自然と巡ってくるというか…。

――黒田先生の軸っていうのは、なんでしょうか。

黒田:せっかく縁あって出会った方たちなので、
   精一杯誠意を持って接するということに関しては、
   譲ったことはないです。
   仮に睡眠時間を減らしても……(笑)。
   あと教育について言えば、
   公立の学校の教師なので、
   ちょっと非難されるかもしれないですけど、
   私は自分の生徒に、特に部活の女の子には、
   『女の子らしくしなさい』って言うんです。
   性差について、そんなこと言うなんて言語道断だと、
   特に私が教員になった時は、
   研修で言われたんですね。
   そういう昔の、女の子らしくとか
   男の子らしくっていうのは、
   死語ですから言ってはいけませんって。
   でも、私はどんなに怒られても言い続けたんです。
   あなたたちは、女の子なんだから、
   女の子らしい踊りが出来ないといけない。
   女性らしい踊りが出来るということは
   女性らしい仕草が出来るということ、
   女性らしい仕草が出来るということは
   内面も女性らしいということ。
   なので、箸の上げ下ろしまで厳しく躾けたんです。

――女性らしさってどういうことでしょうか。

黒田:心くばりですね。

――心くばり……。

黒田:すごくおもしろいんです。
   他のダンサーの方は気が付いてないと
   思うんですけど、私のポリシーで、
   子供たちに『女性ダンサーの命は、首の筋』って
   教えているんです。
   首の筋が立つか立たないかです。
   まあ、そんなこと教える先生はいません。
   でも、私はそう思っている。
   だから、子供たちに
   『女性ダンサーの命は首の筋!
   首の筋をきれいに見せなさない』って
   言うんです。
   例えば手を伸ばした時に首の筋を
   見せるということは、
   まっすぐに見るんじゃなくて、
   横から見ることになるんですね。
   ということは、人様の手元を
   正面じゃなくて横からも見るという、
   心くばりが出来るんです。
   だから、そういう女性になってほしいと思うんです。

――勉強になります。


黒田:踊りって、不思議なんですけど、
   踊りを見るとその子の性格が分かるんですね。
   誰に対しても優しくって
   穏やかな子っていうのは、
   本当に穏やかな踊りをするんですね。
   どちらかっていうと攻撃的な子だと、
   攻撃的な踊りをするんですね。
   本当に曲に合ったエレガントで
   美しい踊りをしたいと思ったら、
   本当に心の奥からきれいじゃないと、出来ないんです。

――最後にいつも聞いているんです、
  あなたにとって仕事とは?
  仕事哲学を教えてくださいと。
  でも、今回、黒田先生に関して言えば、
  少し、的外れな質問のような気がしてしまいます。
  ですので、仕事ということに限らず、
  黒田先生なりの生きる秘訣や、
  心掛けていることを教えてください。

黒田:うーん、心がけていることですか……。

――「黒田紫」を「黒田紫」たらしめているものというか。

黒田:さっきも、ちょっと申し上げた
   かもしれないんですけど、
   人は人を集め、人は人を寄せると思うんですね。
   それは、私が信じていることなんですけど……。
   例えばこうしてまたいながきさんに
   お目にかかれたのもそうですし、
   今回の本も、実は出版社の方にとって
   初めての本なんですね。
   女性の社長さんなんですけど、
   彼女が一人で独立して一番最初の本なんですね。
   その出版社のお名前も
   彼女の5歳になるお嬢さんがつけたんです。
   そんな大切なお嬢さんがつけてくださった
   会社の名前の出版社からの第一号じゃないですか。
   私はそれがすごく嬉しかったし、
   いま実際好評頂いているのも嬉しいんですね。
   これも、何かのご縁なんですよ。
   学校の先生のお仕事にしても、
   ダンスにしても縁なんです。
   さっき絶対断らないと言ったのは、
   40人の生徒と出会えたことや、
   今のダンス部の子たちと出会ったのも、
   それはなにか必ず理由があって巡り合ったもの、
   そういうことを大切にしてるんです。
   そういう風にずっと30年してきたし、
   これからもそういうつもり。
   そうすることで、とてもありがたいことに、
   素晴らしい方たちに巡り合い、
   とても幸せな思いを
   させていただいたりしたんだと思います。

――ありがとうございました。


編集後記

黒田先生とは、実は、数年前に、
一度、お会いしたことがあります。
まだ、実現はしていませんが、
とある企画のための取材でした。
先生が赴任されている高校までお邪魔して、
お話をうかがったり、
先生が審査員を務めるチアダンスの大会を
見学させてもらったりと、かなりお世話になりました。
今回も、本当に長い時間、お話をうかがったのですが、
屈託のない笑顔を絶やさず、真摯に向き合っていただきました。
ありがとうございました。

今回、インタビューを通じて、
再び、黒田先生の人となりに触れたわけですが、
それは、貴重な体験でした。
僕は、彼女を、言葉で形容することができないでいます。
たとえば、『明るい性格』などと書けば、
ウソのようになってしまう気がするからです。
もちろん、明るい方であることに変わりはありません。
ですが、彼女の魅力は、それだけにはとどまらないのです。
何が言いたいかと言うと、
時に、強烈な個性の前では、言葉は敗北するということです。
普段、言葉を操っている身であるがゆえに、
敗北をそのままにしているのは、どうも気がかりです。
そこで、黒田先生に会いに行ったわけです。
彼女の言葉をできるだけ、そのまま伝えることで、
いくばくか、その魅力に近づけはしないか、
それが、僕の希望したことでした。

インタビューの中で、黒田先生は、関わっている以上、
相手を好きになるとおっしゃっていますが、
僭越ながら、彼女と対面している間、
確かに、そのように感じました。
好きでいられることの、なんと心地のよいことか、
そして、好きでいることが、
いかに大切かを再確認した次第です。

実は、都合上、泣く泣く割愛したお話も、たくさんあります。
本当に、目を開かせられるお話ばかりでした。
ここでは、記録できませんでしたが、
先生の近著に、その一端は垣間見られるはずです。
気になる方は、ぜひ、お手にとってみてください。


(※『90%は眠ったままの学力を呼び覚ます育て方』風鳴舎)


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