【コギトの本棚・エッセイ】 「いながききよたか通信 六月十九日号」
先週、日生劇場でやっていたハロルド・ピンター作の
『昔の日々』を観劇してきました。
堀部圭亮さん、若村麻由美さん、麻実れいさんという三人の劇。
ズレていく記憶と曖昧な会話の1時間半。
普段、日常生活を送っている時はあまり意識しないのですが、
いかに自分が「問題とその解決」に追われているか、
痛感させられました。
教える-教わる、
知っている-知らない、
わかる-わからない……、
延々と続く二項対立から、
『昔の日々』は、すこしだけ抜けださせてくれた感じがしました。
いやぁ、夏が近いですね。
夏になったら、皆さんは、なにをしたいですか?
僕は、クーラーの効いた部屋でぼーっとしていたいです。
でも、設定温度は28度、節電はしましょうね。
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(高城亜樹主演『SAVEPOINT』テレビ東京6月5日より放映)
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『SAVEPOINT』も、今日で三回目です。
ラス前です。
一気に謎が解けるはずです。
高城亜樹さんがついに……!
ラストのカットは現場で見ていて、
ハッと息を飲むほどの濃密でした。
きっと、その濃密さがオンエアでも、
溢れていることと思います。必見です。
さて、前回は、シナリオが完成したところまでお話しました。
もちろん、シナリオライターは、ここでお役御免です。
あとは、百戦錬磨の専門家集団にお預けして、
完成を待つばかり。
しかし、今回、僕は、
安穏と涼しい室内で完成を待つばかりとは行きませんでした。
シナリオが完成すると、
俄かにドラマを作るのだという実感が湧いてまいります。
いよいよ撮影へと突っ走る時がやってきました。
ですが、シナリオ執筆前の時点で、
このドラマに参加が決まっていたのは
監督と主演の高城亜樹さん、プロデューサー陣、僕の他数名。
なので、内容が決まったとあらば、
スタッフを集めなければなりません。
ただ、なんどもしつこく書いて来た通り、
とにかく時間が限られていました。
放送日から逆算して、クランクインはもう目前、
ざっと10日後です。
ふと、頭をよぎるのは、果たして人が集まるか?
という不安でした。
映画やドラマを作る時の最大の特徴は、
それが共同作業であるという点にあるかもしれません。
もちろんたった一人で作ることもできます。
が、その場合でも、いくつもの人格にならねばなりません。
カメラはカメラの、照明は照明の、
録音は録音の、演技は演技の、それぞれの流儀があり、
各部署に研ぎすまされた能力が要求されるからです。
そして、僕は、この世界に入り、
撮影現場で彼らを目の当たりにしたとき、
つくづく痛感しました。
その技術の高さと、
そんなところまで考えるんだという思考の深さを。
風俗の話ばっかりする助監督さんも撮影が始まれば
キレキレで現場をまわし、
昼食を食べたばかりなのに「今日の夕食なに?」
と聞いてくる頼りなげなドライバーさんも
ハンドルを握れば目的地へ時間通りにスタッフを送り届け、
明け方まで飲んでぐでんぐでんに
酔っぱらっていたカメラマンさんも
太陽が昇れば恐ろしいまでに精緻な画をフィルムに収める。
そんな彼らは、まさにプロフェッショナル。
レベルの高い職能集団が一堂に会さねば
映画もドラマも完成への第一歩さえ踏み出せないのです。
そこで、我らが『SAVEPOINT』です。
5月1日の時点、
すでに10日後にはクランクインしていなければ、
完成が危ぶまれるという状態でした。
プロデューサーは、信頼のおけるスタッフ数人に
既に声をかけていました。
もちろん彼らは前述のような腕に覚えのあるプロたち。
モてる女の子には、当然彼氏がいるがごとく、
いきなり二週間後に我らが組に合流してほしいと打診しても、
スケジュールの調整は難しいわけです。
しかし、そこは熱意がものをいうというもの。
彼氏をふってでもこっちに
来てほしいとまでは言わないものの、
一度くらいのデートはいいじゃない、
ああ、いいじゃないと、
なんとか協力してもらうことに成功したのでした。
ですが、どうしても、どうやっても、
どうがんばってみても、見つからない部署が二つありました。
それは、演出部と制作部でした。
ここで、演出部と制作部という部署について
簡単にご説明いたしましょう。
演出部というのは、
別名助監督と呼ばれるスタッフたちのことですね。
その名の通り監督を助け、撮影の進行をつかさどる部署。
具体的には、カチンコを打ったり、美術の原稿を出したり、
カットごとに撮影順を整理したり、
俳優さんのスケジュールを調整したり、
天候や効率を考慮に入れた上で
撮影全体のスケジュールを決めて行く部署です。
かたや制作部というのは、
少し説明が難しいのですが、
おおまかに言えば予算管理を行う部署ということなのですが、
その内容は多岐にわたります。
食事の用意や撮影現場におけるスタッフやキャストのケア、
更には撮影場所でお世話になる方々への対応、
撮影場所=ロケーションの選定、
果ては撮影前、撮影後の掃除に至るまで、
環境省と財務省を合わせたような部署です。
この二つの部署に共通する役割は、
撮影の段取りや準備をとりしきる
両輪ということになりましょうか。
つまり、この演出部と制作部のいない組は
タイヤのない車のようなもので、
いかに高性能エンジンを積んでいようが、
前に進まないわけです。
そして、そのタイヤが見つからない……。
大問題です。
はい、そこで、プロデューサーは僕を呼びました。
「俺、演出部やるから、お前、明日から、制作部ね」
いやいやいや、ここまで言を尽くして述べてきたように、
スタッフというのはプロ中のプロ、
秀吉の一夜城よろしく、寝て起きたら制作部になってました、
なんてことになるわけありません。
もちろんプロデューサーだってそんなことは百も承知、
スタッフの重要性は痛いほどわかっています。
ど素人にそんな重要なポストを任せるほど甘くはありません。
彼には当てがあったのです。
それは、どんな当てだったか……。
実は、僕は、かつて現場スタッフとして
働いていたことがありました。
シナリオライターになりたいと思い
愛知県の片田舎から上京したものの、
もちろんそんなどこの馬の骨かもわからない素人に
シナリオを書かせる酔狂な人がいるはずもなく、
バイト三昧の日々を送るうちに、少々気が滅入り、
なんとしても映画の傍にいるべきだと決心し、
なんとか撮影現場に潜り込んだのでした。
運転だけは人並みだったので、
まずドライバーとして、
次は人が足らないから制作部の見習いとして、
やがて制作部として、
数々の現場に出るようになって、
様々な人と知り合うようになり、
そんな彼らに書いたものを見せ、
なんとかシナリオの道が始まったのが、
かれこれ8年前くらい、
以来、制作部としては働いていません。
昔とった杵柄にしては、昔すぎますし、
元来僕は、水も漏らさぬ周到さをもってしか、
乗り越えられない撮影現場には、向かない怠惰な人間です。
プロデューサーの当てが外れなければいいがと、思いながらも、
その選択しかこの『SAVEPOINT』が完成しないのならば、
仕方ありません。
僕は完全にやるきスイッチをシナリオから
制作部へとターンオンしなければならないと
覚悟を決めたのでした。
さあ、撮影が始まりました。
僕は、制作部としてジャンジャンバリバリ、フル回転、
制作部もできるシナリオライターここに見参、
というわけには、全くいきませんでした。
やはり、始めに書いた通り、
撮影スタッフはその道に秀でた専門家なのです。
昔、ちょろっとかじった程度では
太刀打ちできるはずがありません。
ただ、太刀打ちできないまでも、
一矢報いることくらいはできるだろうと、
ひとまず、脳内に眠るかすかな制作部の記憶を
手繰り寄せながら、撮影現場で右往左往したのでした。
ところで、ここで一つ、
アテンションしておきたいことがあります。
自分で書いたシナリオの撮影現場で、
シナリオライターとしてではなく、
まったく別の部署のスタッフとして参加するということは、
おそらく、なかなか経験しないことなのではないか
ということです。
もちろん、監督自身が自分でシナリオを書き、
自分自身で監督することは多々あります。
しかし、一部署のスタッフとして、
客観的に参加するのは稀です。
そんな出来事を経験できることはめったにありません。
そこには、どんな化学反応があるのでしょうか。
それは次回のお話に回しましょう。
いながききよたか【Archive】2014.06.19