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永年の、、、役者であれ

餅屋の息子:いつまでたっても、庶民でいたい。

餅屋の親父:だったら役者になりな。俺の親友に、檀上劇団の舞台監督やっているやついるから、話つけといてやる。そいつに認められて、永久の庶民役を奉ればええやないか。

その舞台監督からすぐにでも面接に来るようにという直接の連絡が届き、檀上劇団の稽古場へ向かった。ノックをしてからドアを開けると、そこにはどきつい眼差しをこちらに向けて、鏡の前で仁王立ちした状態の舞台監督が一人、私をすでに待ち構えていた。このお互いがまだまだ離れて立っている状態から、息を整える暇なく、いきなり面接は始まったのだった。

舞台監督:お前の好きな食べ物はなんや。

餅屋の息子:え、あ、カレーライスです。

舞台監督:そこは餅屋なんやから、餅とは言わへんのやな。

餅屋の息子:あぁ、すいません。たしかに餅屋の息子ですが、あんまり餅は好みません。

舞台監督:まぁ、ええわ。ところで、お前の親父から聞いたけど、なんでまだ親父と一緒に生活してんの。大学卒業してるんやろ。

餅屋の息子:はい、大学卒業してます。ただ卒業してからは、ずっと親父の仕事の手伝いをしているので、実家で生活させてもらってます。

舞台監督:ふぅん。なんで就職せんかったんや。

餅屋の息子:あんまり、興味がなかったというか。会社というものの存在が関心の外にあったというか…ただ、好きな事だけやってました。

舞台監督:ははは、変人体質やな、お前。ちなみに好きな事はなんや。

餅屋の息子:戯曲を書くことです。大衆演劇のです。

舞台監督:大衆演劇か。例えば、どんなの書いてきたんだ。

餅屋の息子:少し語らせてもらいます。
警察に捕まり、刑務所へ服役することは日本では、死を意味します。それは、生命というか、人生という意味です。でも、昔から私はどんな悪人であっても服役中に改心して、善行をするようになった者だっているはずだと思っています。だから、そんな人たちがいると信じ、そんな人の運命や彼らへの世間の考え方も好転するきっかけになればと思って書いた脚本なんです。
家庭の情事もあり、17歳で刑務所へ服役した荒れ狂者が、刑務所での過酷な労働や家族でも親戚でもないのに、わが子のように優しく接してくれる大先輩の囚人との共同生活から、次第に自分の過ちを認めるようになり、ついには改心するんです。彼は31歳という働き盛りの年齢で釈放を許されるわけですが、酒場を営む元親友も彼を拒むんです。このまま顛末を迎えるかと思いきや、”~~~~~~~で”、主人公は最愛の家族をもつようになるわけです。これを劇にすることで、観る者の心の中に届けばええなって思っているんです。

舞台監督:感動のフィナーレか。俺は好かん。世の中、誰しもがそんな感動のフィナーレを持てるはずはない。現実路線から離れた劇は必要ない。一瞬、内容が面白けりゃ、脚本作家の新人枠に入れてもええかと思ったが、ないわ、お前。なしなし。

餅屋の息子:そう……ですか。

舞台監督:一方でだ、お前真面目だろ、気持ち真っすぐだろ、主人公向いてるわ。うん、合格。お前は、うちの次回作の又兵衛っていう主人公役に素質ぴったりやな。お前は今日から又兵衛だ。自分でも、そう名乗れ。

餅屋の息子:え、合格ですか。又兵衛…ってちょ。

舞台監督:なんや嫌か。嫌なら、それ以外の役じゃお前はひとつもふさわしくないから不合格にするが。

餅屋の息子:監督さん。ありがとうございます。素敵な役をもらえて、一瞬めっちゃパニックになってただけなんです。俺、今日から又兵衛って名乗ります。五十嵐又兵衛。よろしくお願いいたします。

舞台監督:わかった。とにかく役は決まった。セリフは追って知らせる。いや、来週もここに今日と同じ時間に来い。お前は初心者や。演じる前に、歌って、踊れるようになってもらう。

餅屋の息子:はい、わかりました。早く役者としてたてるように、なんでも頑張ります。


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