小説『知の黎明にて』
4 リンデ氏の打ち明け話 二
トルンのフェンガー家と言えば、トルンはおろか、広くポーランド中でも知らぬ人はないほどの名家であった。否、名家という呼び方はいささかそぐわぬかもしれない。名家とはこの時代、貴族階級に対して用いるものであったから、フェンガー家は名家と言うよりは、有名家といおうか、ほぼ一代で巨万の富をなした大実業家であった。トルン・モストヴァ通りの豪奢な本邸はいうまでもなく、ほかにいくつも別宅を持ち、遠くグダンスク、ワルシャワなどにも事業所を構え、あらゆる業種の事業