見出し画像

小説『闇に堕ちにて、空に溶けゆく』9/24(火) 【第52話 慈愛】

私の、驚いた表情を見ながら、
直樹は更に話を続けた。
 
直樹「戸籍のことだけでなく、私たち家族は
翔を本当の家族だと思っている。
翔が我が家に来てからも、変わらず思って、
口にも出して、行動にもあらわしてきた。

しかし元来の優しい性格もあるんだろうが、
翔は知らず知らずのうちに、私たちの顔色を
気にするところがあったのかもしれない。
 
あいつの周りには人が集まることが多かった。
でもその中で自分のやりたい事をするよりは
人のやりたい事を助けるポジションをとる事が
多かったように思うんだ。

勿論、それはそれで良いところなんだけど、
心の中では自分の思い通りにやってみたい、
っ思っている事には、気づいていた。
 
そんな翔が自分のチャンネルで祐奈ちゃんと
2人でやりたいようにやっている姿を見ると、
本当に良かったと思ってる。
 
翔が踏み出せたのは、間違いなく
裕奈ちゃんのお陰だと思っている。
だから裕奈ちゃんは、私達にとって
翔と同じくらい大切な存在だ。
 
できれば裕奈ちゃんが本当の家族になったら、
嬉しいなぁって、家族皆で言ってるんだよね。

だから、翔が、なかなか
裕奈ちゃんにアタックしないのを、
家族皆でヤキモキしております」
そう言って笑った。
 
私もつられ笑った。最後に和ませるために、
茶目っ気を出すのは直樹の気さくさの表れだ。
と、その時、翔が車に戻ってきた。

 
翔「ごめん。ところで何を笑ってたの?」 
直樹は返した。
直樹「翔がどうすれば裕奈ちゃんに
告白するか、作戦を立ててた。聞きたいか?」

翔「なんで、本人抜きでそんな話してるの?
意味わかんないし。
そういう風になった時は、自分で
勝手にしますんで、お構いなく」
その言葉に、私が意地悪く返した。
 
裕奈「あ、そういう風になるんだ?
ね、それ、いつ?いつなの?」

それを聞いて翔の顔が真っ赤になった。
それを見た直樹が言った。

直樹「お前、本当に女の子に
対する耐性が低いな。わかりやす過ぎる」
そう言って笑った
 
そんな会話が弾んで、もっと話したかったが、
私の家の前に着いた。直樹が言った。
 
直樹「裕奈ちゃん、遅くまでありがとうな。
また遊びにきてな。いつでも大歓迎だから」
翔も続けていった。

「櫻井、お疲れさま。また明日な。」
2人が乗った車が見えなくなるまで
手を振り見送っていた。
心の中に温かいものを感じた。

そんな私を夜空に浮かぶ満月も
暖かく見下ろしているようだった。

 
そんな気持ちに浸っていたい、と思った私は、
母に顔を合わさないようすぐに部屋に入った。
直樹に聞いた話は、翔が持つ優しさのルーツを
知るきっかけになった。
 
いや、元々の優しさがさらに
大きくなった理由という方が正しい。
そして翔の家族の温かさも改めて認識した。
 
一方、私が翔に、新しい世界を拓いてもらった
と思っているが、翔の家族からすると、
私が翔のやりたいことに向けて背中を押したと
思われている事が素直に嬉しかった。
 
人は誰しも強みや弱みがある。
心に抱える影も一つや二つじゃない。

でも互いが協力しあい、
強みを活かし弱みを補いあい、
心の暗い部分に光を当てることで、
なりたい姿に近づく事は、
素晴らしいと思った。
 
そう思うと、今までの私は、そういった
協力者に出会えてなかったと思う。
勿論今までも友人は居たが、
翔のような人が居たのか?というと、
思いつかない。
 

相手の事を大切な存在と認め、
自分と相手を分け隔てなく愛すること、
言葉にするならば「慈愛」という言葉だ。

その言葉から最初に想像するのは、
親子の関係だが、自分の家庭には
あてはまる気がしない。

違うと断定は出来ないが、
自信を持って肯定もできないと
感じてしまう。
 
そして次に思いつくのは、恋人や夫婦の関係。
残念ながら、こちらは一番身近な夫婦である、
自分の両親にあてはまらないと断言できる。

自分にそういう人が出来たらどうだろう?
その問いは、すぐに
「翔は、私をどう思ってるんだろう?」
という問いに、置き換わった。

翔も、私に好意を抱いているような気はする。
しかし、その気持ちを行動に移さないのは、
私に色気がないからか?などと思っていたが、
今日、直樹が話してくれたことから、
翔は、必要以上に相手を気遣ってしまうので、
自分の気持ちを出せないのかも、と思った。


いや、色気のなさも一因だと否定できないが。

とりあえず、ゆっくり待ってみようと思った。
まだ自分から行くというのものおかしいし、
それに、翔と同様に恋愛経験ゼロの私には、
そのやり方もわからない。
 
2か月後の私の誕生日に何かあるのかも?
とも予想したが、流石に動画で告白されたら、
恥ずかしい。でも、ちょっと憧れる。
 
(第52話 終わり) 次回9/26(木)投稿予定

★過去の投稿は、こちらのリンクから↓
https://note.com/cofc/n/n50223731fda0

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?