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小説『闇に堕ちにて、空に溶けゆく』7/13(土) 【第25話 tension】

治療が終わり帰宅してから、
私は自分の部屋に閉じこもっていた。
洋子に、合わせる顔がないというのが、
正直な思いだ。
 
自分の独りよがりな思いを押し付けてしまい、
そして子供じみた行動への負い目で、
洋子とどう接したらいいかわからなかった。
 
そんな思考が泥沼にはまると、そんな状態も
きっと時間が解決してくれるに違いない
という根拠のない結論で自分を納得させた。
その後、午後から洋子は仕事に出た。
 
15時ごろ私はリビングに出て
干してあった洗濯物をとり入れて、畳んだ。

終わると自分の部屋に入ろうと思ったが、
自分の部屋から出るきっかけをなくすと思い、
ソファに腰をおろし、本を読んだ。

ただ、本の中身は驚くほど頭に入ってこない。
17時30分ごろ洋子が帰宅した。洋子は言った。
 
洋子「ただいま、あなた右肘は大丈夫?」
その問いかけに、一言返した。
隆「お帰り、ああ大丈夫だ」

この短い言葉が、今日はじめて
洋子と交わした言葉だった。
 2人の夕食で会話はなかった。
後片付けをしながら洋子が言った。

洋子「あなた先にお風呂どうぞ。
肘を濡らすといけないからこれ巻く?」
と言って市販のラップを取り出して、
包帯の上から巻いてくれた。

 洋子「お風呂から出たら包帯替えるから」
入浴後にリビングに戻ると
洋子が黙って包帯を替えてくれた。
そして、洋子は言った。

洋子「じゃあ、私、お風呂入ってくるからね。
あなた、疲れてるだろうから、早く休んで」
 
そう言った洋子の背中を黙って見送っていた。
結局、感謝の言葉を言えないままだ。

そしてこの後、会話する自信がなかった事と、
洋子の言葉もあり、また自分の部屋に入った。

 
翌日は、土曜日で洋子も仕事が休みだった。
しかしまだ一昨日の醜態を引きずっていて、
洋子との接し方を見いだせていなかった私は、
結局、1日の大半を自分の部屋で過ごした。

今になって思うと、もし病院に行った翌日が、
平日ならリビングで過ごす時間が長くなり
会話の糸口を掴めたのでは、と思った。

ただ、その思考自体が、自分の不甲斐なさを、
棚に上げているだけだ、という自覚はあった。
 
日曜日もほとんど部屋に閉じ籠っていた。
私は洋子との距離を戻すきっかけを
完全になくしてしまった。

というよりも自分から、その機会を
放棄したようなものだ。

それから、いわゆる家庭内別居のような
状態に突入した。

何かのきっかけで状況も変わるかもしれない、
という思いもあるにはあったが、
かと言って私から行動を起こさなかった。


 
そんな日々が変わりなく3か月ほど経った頃、
私は自分の体の異変に気付いた。

朝、驚くほど早く目が覚める。
朝と言っても3時頃に目が覚めてしまうので、
夜中と言うほうが正しい。

そして夕方になると、今度は、
偏頭痛が起こることが増えた。
元来、寝つきはいい方だったし、
頭痛持ちでもなかったはずなのに。

加齢が原因かとも思ったが、
その異変が急に、起こったので、
病院に行ってみることにした。
 
洋子には内緒にし、以前ケガをしたときに
搬送された病院に行った。

別に、大きい病院である必然性はなかったが、
家から近かった事と、以前話しかけてくれた、
高見さんという優しい看護師のイメージが、
あったからかもしれない。
 
順番になって呼ばれてから、
診察室に入り、一通りの診察をしたが、
対峙をした内科医から言われたことは、
意外な内容だった。

 「佐藤さん、精神科を案内しますんで。
今日は精神科の診療時間は終了していて、
もし明日来れるのなら、明日で予約しますが
どうですか?」
 
その言葉を聞いて、強い衝撃を受ける
と同時に思った、自分は鬱病なのか?と。

言われるがまま、翌日の診察を予約した。
病院からの帰宅途中、何も考えられなかった。
帰宅してから部屋に入り、ずっと考えていた。
 
広告代理店というのは、精神的な負担も
少なくない業種で、同僚や部下に
欝病を発する者も少なからずいた。

そういった時に、私は決して口には
しないが、心の中で思っていた。

「中途半端な気持ちでやってるから
それぐらいの事で病むんだ」と。
そんな自分が欝病になっているかも
しれない事に驚きしかなかった。
 
翌日、洋子が仕事に行った後、病院に行った。
そして、順番になり診察室に呼ばれた。
女性の医師だった。私は問われるまま、
体調の異変や普段の生活について答えた。
 
その医師はとても優しい表情で、私の話に
相槌をうってくれていた。
精神科なので問診だけで診察は終わる。
診察が終わり医師は言った。

「佐藤さん欝病の症状ですね。
ただ生活に支障をきたすレベルではないです。

お話をお聞きしたところ、ご家族とのことが、
原因になってる可能性が高いと思われるので
今の症状の段階でご家族にまで伝えるべきか?
というと、もう少し様子を見てもいいかと。

それから不眠の症状を少しやわらげるために
睡眠導入剤を、お出しすることもできますが、
薬の依存度が高まってしまうと、
余計に症状を悪化させる懸念もあるので。

なので、暫くは通院をしてもらって、
様子を見ながら、治療方針を
決めていきましょう。
 
たぶん佐藤さんはご自身が思うより、
お優し過ぎるんだと思います。
ご自分で気づかれていないと思いますが、
奥様のことを大切に思ってらっしゃる。

それで自分を責めてしまっているところも
あるかと思います。だから暫くここに通って、
他の人の事は置いておいて、
心の中を吐き出せればと。
 
ただ、人に優しくできるということは、
本当に素晴らしいことなんです。
そんな素晴らしい面をもっている方なら、
必ず克服できますから安心してください」
 
そんな医師の言葉を聞いて、
何か、自分の心に張り詰めていたものが、
緩んだのを感じた。
 
(第25話 終わり)次回は7/16(火)投稿予定

★過去の投稿は、こちらのリンクから↓
https://note.com/cofc/n/n50223731fda0

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