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小説『闇に堕ちにて、空に溶けゆく』8/29(木) 【第41話 待ち合わせ】

隆の回想を4時間前から今に引き戻したのは、
再び響いた、少女の低い呻き声だった。

「あーー」という声は言語にはなってないが、
苦しみか、あるいは、怒りなのか、
そんな心理を表現しているように思えた。
 
そしてその呻き声を打ち消して被せるように、
莉子という少女、いや、若い女性医師が、
その風貌からは想像できないような、
大声で言った。

「だから言ったじゃない!   こんなことは、
もう終わりにしないといけないに決まってる」
その言葉を、耳にしたとき、裕奈の記憶は、
2か月前に引き戻された。
 
 
クラスメイトの谷川翔から、待ち合わせに
指定されたのは、最寄り駅からは
10個も離れた駅で、更に、時間は17時だった。

翔とは、同じ高校で、最寄り駅は同じだ。 
なのになぜ、今日は最寄駅で待合せでなく、
現地集合なのか、まったく意味がわからない。

裕奈が考えていると、両手にたくさんの
荷物を持った翔が、こちらに来る。
 
翔「櫻井、ごめん、待った? 
いやあ、三脚、ちゃんとしたのを
持っていなかったからさぁ、
買ってきたんだよ」

裕奈「今、来たところだけど、
それを買いにどこかに寄ってたの?」

翔「新宿に寄ってから来た。
新宿からだと、この駅には急行になるから。
ほら最寄駅は、急行は止まらないでしょ、
だから、現地集合にしたんだ」

裕奈「え、でも一緒に新宿に買い物行って、
一緒に来たら、よかっただけじゃない?」 
当たり前の疑問を投げかけると翔は答えた。
 
翔「いや、櫻井を撮影前に連れ回し過ぎて、
疲れた表情が出たら困るなあと思って」

裕奈「翔は変なところだけ、気が回るよね、
まったく的外れだけど。あと毎回言うけど、
何で撮影中は『ユナ』って呼んでいるのに、
カメラ回ってないと、苗字なの?

いや、私としてはどっちでもいいんだけど、
できれば、統一してくれない?」 

この事は何度も言っているが、
言ったところで直るとは思ってなかった。
 
ここ2か月、週末はほぼ、翔と会っている。
かと言って付き合っているわけではない。

翔とは同じ高校の1年生で同級生だ。
とは言え、入学してしばらくは、
まともに話をしたこともなかった。
 
3か月前のある出来事がきっかけになって、
翔と話すようになり、そして翔の誘いがあり、
今は2人でYouTubeチャンネルをやっている。

2人の名前をとって「ユナショウ」という、
安直なネーミングのチャンネルだが、
2か月で登録者数は2万人で、
今も増え続けている。
 
コンテンツはカップルチャンネルなのだが、
私達は本当のカップルではなく、言わゆる、
ビジネスカップルだ。
その設定を、思いついたのは翔だ。
 
チャンネルの企画は翔が考えて、
編集も翔がほとんどやっている。

だいたい週1ペースで動画をアップしてるが、
週末に撮影を行い、編集したものを
翌週の土曜にアップしている。
 
私は、いわゆる演者の役割が中心だ。
ただ翔が頭に描いた企画をいざやると、
大して面白くないということも多々ある。

そんな時、私はストーリー修正を提案する。
言わばディレクターの役割も担ってると、
勝手に思っている。

ただ役割がどうよりも、今まで部活などに
のめり込んだことがない、私にとっては、
部活感覚で楽しんでいるので、
2人でワイワイ言いながら楽しく
動画をつくっているという感覚だ。

だから週末が撮影に潰れても、
不満に思ったことはない。
 
私達は駅の前にある公園に移動した。
いわゆる前撮りを撮るためだ。
 
本当は駅前で、待ち合わせ場所に現れる
ところから撮るプランたったのだが、
来週行われる、市議会選に向けた
候補者の演説がうるさいため
場所を移動することになった。
 
翔が、椅子のベンチに向かって、
カメラなどのセッティングしている。
そして画角を調整し、翔が言った。
 
翔「じゃあ撮るから、櫻井、ベンチに座って」 
私は、翔に言われるがままベンチに座った。
録画ボタンは、既に押されているため、
あとは翔のタイミングで掛け声からはじまる。
 
掛け声と言っても、
翔が「どうも、翔です」と言ったら、
続けて私が「裕奈です」と言い、翔が、
「2人合わせて」と、更に続けたあと、
声を揃え「ユナショウです」というだけだ。

そして、その後、翔のトークからはじまるが、
その中で今日の企画をはじめて知らされる、
という設定だ。今日も同じだ。
 
(第41話 終わり) 次回8/31(土)投稿予定

★過去の投稿は、こちらのリンクから↓
https://note.com/cofc/n/n50223731fda0

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