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小説『闇に堕ちにて、空に溶けゆく』7/11(木) 【第24話 Discord】

私は、自分の事を決して
衝動的な人間ではないと思っていた。
しかし洋子の一言の後、私は更に言った。
 
隆「もう食べなくていい。」 
 
そう言って、私は、洋子の前にある
皿を下げ、中身をゴミ袋に捨てた。
私の行動に洋子は何か言っていたのだが、
頭に入ってこなかった。
 
洋子は、洗濯機に入ったままの洗濯物の中で
乾きにくいものは乾燥機にかけ、
それ以外を外に干したあと再び仕事に戻った。

残された私は、調理器具や食器を洗った。
肉じゃがは多めに作っていたのだが捨てた。
捨てる前に一口食べてみたが正直なところ、
美味しくなかった。
 
午前中、料理に没頭し掃除もしてなかったが
今日はする気には、とてもなれなかった。

食器を洗い終わった私はどこに行くという
アテもないまま、家を出た。
 
自宅付近だけでは結局普段と変わらない場所に
行くので、電車に乗り新宿に向かった。
別に新宿に目的地があるわけでも、ましてや
思い入れもなく、なんとなくであった。

ただ、なんとなくと言いながら、
その場所を選んだのは酒を呑むという選択肢が
はっきり頭にあったからだろう。
 
地下鉄大江戸線に乗り新宿に着いた。
別にどこでもよかったが、私1人で入っても
気兼ねしなさそうな店を探した。

カウンター席だけのバルが目に入ったので、
そこに入ることにした。
 
メニューを見て、タパスと、トルティージャ、
そしてワインをボトルで頼んだ。

アルコールは強い方だという自覚はあるが、
1人でボトルを頼んだのは、酔っぱらうこと
自体が目的なのは間違いなかった。
 
最初にオーダーしたフードだけで
ワイン1本を開けれるとは思ってはおらず、
追加でフードを注文した。

ただ何を頼んだかまで覚えていない。
とにかくアルコールの力で思考の沼に陥るのを
避けようと思っただけだ。
 

そして気づけば自分のベッドで朝を迎えてた。
ふと肘のあたりに、痛みを感じた。
そして右肘を見ると包帯が巻かれていた。

昨晩、一体何があったのかは記憶にないが、
良いことではなかったことだけは明らかだ。

洋子と顔を合わせるのが憚られたので、
ずっと布団の中でグダグダしてたが、
流石にこのままというわけにはいかず
渋々起きて、そしてリビングに顔を出した。
私の顔を見るや否や、洋子は言った。
 
洋子「あなた、昨日は、大変だったんだから。
そんなになるまでお酒を飲んで潰れるなんて、
あなたらしくない」
 
私は、何があったのかはわからないままだが、
それを聞くとさらに小言を言われると思い、
何も話さず、顔を洗いに洗面所に向かった。

鏡を見ると右顎にも、かすり傷があった。
ダイニングに移動すると朝食が準備されてた
自分の席についた。

洋子も向かいに側に座り2人で朝食をとった。
食べながら洋子が昨晩のことを教えてくれた。
 
新宿のバルで酩酊してしまった私は、
その帰り、最寄駅で階段から足を踏み外し
転倒したらしい。最初に右肘をついたらしく
その際に右肘を負傷してしまったようだ。

幸い近くにいた人がすぐに介抱してくれ
救急車を呼んでくれたらしい。

そして近くにあった城東医大病院が、
すぐに、受け入れをしてくれ、
治療をしてくれたようだ。

3針縫ったが骨に異常はなかった。
その病院から、洋子に連絡があり、
駆けつけてくれたらしい。

記憶にはないが看護師に尋ねられ、
携帯の洋子の番号を見せたようだ。
病院からは洋子が運転する車で帰ったようだ。
 
そんな醜態を晒した自分への負い目から、
洋子に素直に謝れなかった。洋子は言った。

「あなた、朝ご飯終わったら、病院行くから。
私も一緒に行きます」
昨晩医師から、今日も病院に来るように
言われたとのことだ。

洋子は、今日の午前中の仕事を休んでくれた。
病院に行く途中は、洋子が私に話すばかりで、
私の方からは、一言も発しなかった。

病院に着いて、洋子が受付を済ませてくれて、
2人で座り待っていた時、洋子に仕事先から、
電話が入ったため洋子は席を外した。
その時、一人の看護師が近づいてきた。

晴香「佐藤さん、傷、痛みますか?
少しだけ、包帯を巻いている辺りを
見せてもらっていいですか?」

私は言われるがまま、ニットの腕を
肘の上までまくり看護師に見せた。
名札には、「高見」と書いてあった。

その看護師は私の腕を優しく持ち
包帯を見た。そして言った。
 
晴香「腫れは、ないみたいですね、よかった。
まあ、お酒を飲みたい時もありますよね。
私もお酒は好きなんで、よくわかります。」
そう言って舌をペロっと出し、おどけた。
 
記憶はないものの、そのやりとりから考えて
恐らく、昨晩対応してくれた看護師だろう。
その看護師は続けた。

晴香「人間ですからそういうこともあります。
でも、奥さまが一番ご心配されたと思うので、
一言でも感謝をお伝えした方がいいですよ。

あ、すみません、出しゃばったことを言って。
もう少ししたらお呼びできると思いますので、
お待ちください」
 
そう言って、その看護師は診察室に向かって、
歩いていった。恐らく遠目から2人の
会話がなかったのを見て気遣い、
言葉をかけてくれたのだろう。
思いやりに溢れた女性だと思った。
 
ただ、素直になれない私は、
電話を終わらせ、戻ってきた洋子に、
お礼の言葉をかけることができなかった。
 
(第24話 終わり)次回は7/13(土)投稿予定

★過去の投稿は、こちらのリンクから↓
https://note.com/cofc/n/n50223731fda0

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