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小説『闇に堕ちにて、空に溶けゆく』9/19(木) 【第50話 悪化】

その日帰宅すると、母はまだリビングで
飲んだくれていた。私は台所に立ち
冷蔵庫の中のもので、適当に夕食を作った。

食べるかどうかはわかならいが、
母の分も作りラップをかけて置き、
その事を母に告げた。
 
私は自分の分は部屋で食べた。食べ終わり、
食器を片付けに戻ると、母はまだソファで、
ウィスキーの瓶を胸に抱えたまま眠ってた。
珍しいことでもない。
 
その後、そのまま部屋に戻って過ごした。
翌朝起きると母は自分の部屋に移動して、
寝ているようだ。

台所に置いてあった夕食はなくなっていた。
母が夕食を食べたかどうか、わからないが
片付けはしてあった。
その日も、いつものように登校した。
 

学校生活は、以前にも増して楽しかった。
翔との接点が、翔の周りの人との接点を生み、
これまでの学校生活で、一番充実しているのが
今だと思った。
 
翔とのYouTube活動も、夏休みと比べれば、
頻度は下がったものの、週1回コンスタントに
動画撮影をしている。

翔の考えで夏休みに撮っておいたストックも
あったおかげで、週1回以上のペースを保ち、
動画は更新されていた。
それもあり、着実に登録者数は増えていた。
 
撮影はだいたい週末に行って、平日は打合せに
あてていた。毎日というわけではないのだが、
平日も半分以上は、翔と打合せをした。
 
基本的には、翔が企画を考えてくれているが、
私もできることはやり、良いものにしようと、
「こんな風にしたらどうか?」
と言った意見を言ったりする。

そんな話の流れで、先日1人で行ってみた、
催眠セラピーの話もした。
それに、翔も興味を持ったが撮影はなかなか
難しいだろうな、という話になった。

 
そんな中、翔が長いスパンで続く連続企画を、
実は考えているという話が出た。

私が「どんな企画なの、それ?」と聞くと、
翔は「チャレンジ企画的なやつかな?
でも今は内緒」と返した。

私は「あ、なんか心配だな。私に何させようと
しているんだ?」と笑って言った。
 
翔と過ごす時間は楽しく、癒される。
ふと私の中で翔は、どんな存在なんだろう?
と考えた。
 
安らぎのない家庭で、荒んだ心を落ち着ける、
精神安定剤のようなものか?   とも思ったが、
それ以上のものも、ずっと感じている。
翔の事が好きだという気持ちは自覚してる。
 
以前、美咲と七海に駅で会ってしまった時に、
助けてもらった流れで翔の胸に顔を埋めた時の
温もりが忘れられないのは、何故か?
自分でも、よくわからないが、
「好き」という感情も超えている気がする。

そして私の勘違いではなく翔も出会った頃と
比べれば、距離を詰めてきていると思う。
とは言えもどかしい。
手相の話になったときのエピソードだ。
 
話の中で、翔が「ちょっと、手相見せてよ?」
と言ったので、私はわざと少し意地悪をして、
上向きに両手を開かず、翔の目の前に、
両手を立てた状態で開いて見せた。

心の中で「さあ、話の流れで私の手を握ろうと
思ったんだろうけど、この状態で握れるか?」
と呟いていた。

強引に握ろうとすれば握ることはできるが、
案の定、翔は私に手を触れず、手相を見て、
何か、ブツブツ言っている。
 
私は、もう一度、心の中で呟いた。
「早く、手ぐらい、握れよ、男なら」
心の中の呟きだったが何故か笑ってしまった。

 
そんな翔やクラスメイトとの楽しい日々とは
裏腹に、家では、母が酒に溺れる日が増えた。
飲みすぎがたたり、仕事を休む事まであった。
 
母の体を気遣って、飲み過ぎを注意はするが、
それを、聞き入れるとも思ってはいない。
私が注意したとしても、そのことに反論して、
私に、つっかかってくるようなことはないが、
自分を責めて泣き出したりすることもある。

そんな母を見ていると、
本当に自制ができない人だと思う。
 
離婚の辛さはあると思う。でも、その辛さは、
夫婦だけではない。娘だって辛かった。
でも、母は自分だけが辛い目に遭っていると
思っている。周りが見えていない人だと思う。
 
勿論、親だから、大人だから、全てにおいて
完璧でなければいけないとは思っていない。

ただ、自分が高校生ぐらいになり思ったのは、
母の自制心のなさや意思の弱さを見ていると、
直接的ではないにせよ、それが離婚の原因に
なっているかもしれないと思う事がある。
 
離婚した父は、とても忙しい人だったので、
離婚した直後は、父が家庭を顧みなかった事が
原因なんじゃないかと思っていた。

それもあるかもしれないが、
でも、離婚前から父が家庭を大事にして
いなかったとは、感じていなかった。
 
離婚の原因について、自分の答えを出そうとも
思ってないし知りたいとも思ってないので、
それ以上の深い思考をすることはなかった。

 
そんな状況なので、翔と動画を撮影する日は、
楽しみ以外、何ものでもなかった。

次の日曜も撮影の予定だが、その日は何故か、
待ち合わせが夕方の5時、それも
最寄り駅ではなく、10個も離れた駅で、
現地集合だった。
 
あまり早い時間から、家を出ても仕方ないが、
じっと家に居ても、何も良いことはないので、
昼前に家を出て待ち合わせ駅の5つ手前の
駅で降り、ウィンドウショッピングをしたり、
1人で、カフェに入ったりして時間を潰した。
 
翔とチャンネルを始める前はそんな過ごし方も
よくしていたが、久々に1人で過ごすと、
やっぱり、楽しくないと思った。
 
カフェでスマホを見ると
YouTubeの通知がきていた。
何かと思い見ると、以前、偶然、
見つけてみた動画に書き込んだコメントに
チャンネル主が返信してくれてたようだ。

60歳くらいだと思われる男性がサックスを
演奏する動画だった。
 
オケも何もなく、編集などもしていないので、
練習動画だと思うが、好きな曲だったことと、
どことなく、“父親”という雰囲気を漂わせる、
演奏が心に響いたので、コメントをしていた。
それに、丁寧に返してくれていた。
 
ふと気づいたのは、ユナショウのアカウントで
コメントしてしまっていた事だ。
純粋に演奏の素晴らしさに感動してコメント
したのだが、そのチャンネル主に、
“釣り”だという思いを、抱かせてしまってた
としたら申し訳ないと、それ以上のコメントを
返すのはやめた。
 
そんな過ごし方をして、夕方まで時間を潰し、
約束の10分前には、待ち合わせ場所に着いた。
しかし、まだ、翔は来ていないようだ。

横では、どこかの政党の市議会議員候補者が、
車の上から、ずっと演説をしていた。
 
(第50話 終わり) 次回9/21(土)投稿予定

★過去の投稿は、こちらのリンクから↓
https://note.com/cofc/n/n50223731fda0

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