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小説『闇に堕ちにて、空に溶けゆく』9/3(火) 【第43話 出会い】

その日の撮影は1時間半ほどで無事終わった。
普段の打合せでサイゼリアも利用するので、
実は、翔が好きなメニューはわかっていた。
敢えて外すのが難しかった。
 
撮影の裏で、翔は
「櫻井、無理して食べなくていいからな。
俺が食べるから。」と言ってた。

こうやって本人も意識していない場面で、
さりげなく見せる気遣いが翔らしいと思った。
 
そんな翔とチャンネルをはじめる
きっかけになった夏休み前の出来事が、
記憶に甦った。

それは、期末テストが残り2日に迫った日、
学校からの帰り道、最寄駅でのことだった。

 
テスト最終日が、割と得意科目だったので、
山場を越えた安堵感があった。
とは言え流石に寄り道はせず帰宅して、
テスト勉強をする予定だった。

最寄り駅から自宅へのバスに乗り換えるため、
バス停に向かい歩いていると、
聞き覚えのある声に呼び止められた。
 
美咲「あれ、櫻井じゃない? 」
振り返ると、他校の制服を着ている、
2人の女子高校生が居た。
その顔はしっかりと覚えていた。
 
同じ中学校だった美咲と七海だった。
しかし私は2人に対し言葉を返すことなく、
行こうとした。すると再び声がした。
 
美咲「櫻井、何シカトしてんだ、
久しぶりに、会ったのに。
なあ、せっかく会ったんだから、
ちょっと、付き合いなよ。」
私は聞こえないかのように立ち去ろうとした。
 
私は中学3年生の時、イジメにあっていた。
暴力を受けるとかいう類いのものではなく、
クラスの大半から無視されてた状況だった。
その“首謀者”が美咲と七海だった。
 
不登校がずっと続くといった事はなかったが、
休み時間に話をする人や、お弁当食べる人が
居なかった。

何がきっかけになったかはわからないが、
決して前に出ていくタイプでなかったのと、
それとは逆に比較的、成績は良かったから、
変な目立ち方をしてしまった、
という程度の理由だったように思う。
 
ただ私が通ってた中学は普通の
公立中学で、決して荒れた学校ではなく、
その2人が睨みを効かせていたとて、
その影響が絶対的というわけではなかった。

なので精神的なものも含め危害を加えようと
する人は、目の前の2人を含め居なかった。

必要なことなどについては
クラスメイトとの会話もあった。

ただ、敢えて私と仲良くしようとする人は、
誰一人いなかっただけだ。
ただ、その状況に対し自ら何かの
行動を起こすという勇気はなかった。

また2人と同じクラスになり、イジメの対象に
なったのが3年生になってからという事もあり
「あと1年だけ」という思いも、正直あった。
 
中学時代と同様、無視したまま、
立ち去ろうとしたが、2人は
私の前に回り、道を塞いだ。

七海「なあ、シカトすんなよ」
私は、流石に立ち止まるしかなかった。
ただ、私から言葉を返す事はなかったので
沈黙が続いた。その時、後ろから声がした。
 
翔「櫻井、こんなところに居たのか?
時間になっても来ないなぁと思ったけど、
ごめん、俺、向こうの改札で待ってたわ。
さあ、櫻井、行こうぜ、あ、誰?友達」
 
振り返ると、そこに居たのは高校の同級生、
谷川翔だった。ただ同級生と言っても、
正直、話をしたことはほとんどない。
 
私の横に来た翔は「さ、裕奈行こう」と言い
私の手を引き一緒にバスに乗った。

私達がバスに乗るとすぐにバスは出発した。
美咲と七海の姿が見えなくなるのを確かめ
翔が言った
 
翔「櫻井さんごめん、偶然見かけて、
なんか困ってそうに見えたから。」
私は頭を整理できてないが、
とりあえず言葉を発した。
 
裕奈「谷川くん、ありがとう!あの2人は、
中学時代の同級生なんだけど、
久しぶりに顔をあわせて。
正直困ってたから助かった。

でも、知らなかった、谷川くんと家が
同じ方向だったなんて」
翔は、キョロキョロしながら言った。
 
翔「いや、駅は確かにここだけど、
俺の家は、駅の反対側なんだ。
これ、どこに行くバス?」

私は、翔の答えに驚き、そして笑いながら、
行先を言うと、翔は言った。
 
翔「やべ、全然聞いたことがない地名だわ。
次で降りる」と言って停車ボタンを押した。
まだ、駅から1つ目のバス停だ。

翔が「じゃあ」と言って降りようとした後に、
私はついて行った。そして、翔に言った。
 
裕奈「谷川くんにとても面倒をかけたから、
お昼おごらせて。駅前のファミレスでいい?」
私は、翔の返事も聞かずに翔を追い越して、
バスを降りた。

 
一つ目のバス停から駅までは700m程なので、
10分ほどの道のりだった。

その間はお互いの中学校がどこか?  
今の高校を選んだ理由は? 
という他愛もない話題だった。
 
舗道の横には綺麗な紫陽花が植えられており、
その紫色の花が、目に焼き付いた。

翔との話に夢中になってると、
あっという間に駅前まで戻ってきた。
そして駅前にあるビルの最上階にある
ファミレスに入った。
 

昼のピークだったが幸いに待つことなく、
席につくことができた。
2人ともランチセットを頼んだ。
注文の復唱を終え、お辞儀をして、
店員が離れるのを待って、私が言った。
 
裕奈「谷川くん、さっきは本当にありがとう。
正直に言うと、私、中学の時から、
あの2人は苦手なんだ。っていうより
イジメられていた。ほら、わかると思うけど、
私、“陰キャ”だから。

そんなに酷い目にあってたわけじゃないけど、
無視されていたんだよ」私のその言葉に対し、
翔はあまり驚いた様子もなく言葉を返した。
 
翔「まあ、どこでもああいう奴はいるから。
でも、櫻井さんが“陰キャ”ってイメージは、
全くないけどなぁ。確かに“陽キャ”かと
言われたら、それもわかんないけど。

それに“陰キャ”とか“陽キャ”って
正直言うと、どうでもいいと思ってるし」
 
翔と初めて言葉を交わしてから、
まだ30分ほどしか経っていないのだが、
翔と一緒にいると、なぜか気兼ねなく、
自分をつくる必要がないという印象を持った。
 
(第43話 終わり) 次回9/5(木)投稿予定

★過去の投稿は、こちらのリンクから↓
https://note.com/cofc/n/n50223731fda0

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