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小説『闇に堕ちにて、空に溶けゆく』8/10(土) 【第37話 Spiral】

結局、ライブ翌日の月曜日はほとんどの
時間を自分の部屋で、横になって過ごした。

頭痛が理由だが、その原因は精神的なものに
起因していることは自分でもわかっていた。
 
火曜日になっても、体調は優れない。
サックスの練習日だったのだが
予約はキャンセルした。

先週までサックスを吹く日が
あんなに待ち遠しかったのに、
今は見たいとも思わない。
 
体調は悪いが、とりあえず洋子が
居る時間は起きているようにした。
自分が鬱病である事を
洋子に悟られないようにするためだ。

自分の体にムチを打つように、
自分を騙して、無理して、
体を起こさなければならなくなる、
洋子と居る時間が、苦痛と
感じてしまった。
 
自分の体への負担が、洋子と過ごす時間
という環境に拠るものだと思えてしまい、
それにより洋子との時間が、
私にとって辛いものになる、そして
更に体調が悪化する。まさに悪循環だ。
 
水曜日になっても一向に体調が回復しない為、
さすがに打開策が欲しく病院に電話をして、
体調の異変を伝え、翌日の診察予約を取った。

ちなみに、昨晩から、今朝にかけても
ほとんど眠れなかった。

 
翌日、朝10時に病院に行き、診察を受けた。
診察室に入った私の表情を見て、
先生はすぐに変化気づいたようだ。

ここしばらくの問診は最近の良い出来事を
聞くことからはじまっていたが、今日は、
「どこが辛いですか?」から、始まった。
 
私は症状を伝え、その後、先生からの
「何か、思いあたる原因は?」の
質問に対して、私は隠さず洋子との間に
起こったことを話をした。

先生は私の話を、時折、相槌を打ちながら、
すべて聞き終わると、口を開いた。
 
「佐藤さん、心配なさらないで大丈夫ですよ
この病気は波があるんです。
良い時もあれば悪い時もあります。

ですから一番良くないのは焦りです。
人間関係も同じですよ。
 
徐々に、良い関係になるような時がある一方
時として悪化することもあります。
なので近づいては離れての繰り返しなんです。

でも離れたように見えていても、
一番悪い時と比べてみると、
確実に近づいてはいるんです。

波にたとえるなら波が上がったと思ったら、
次はまた下がるけど、最初の高さに比べれば、
波は高いところで留まる、そういうものです。
だから焦らなくていいですよ。
 
ただ、体調が悪いと、どうしても
心への影響もありますので、
睡眠導入剤を出しておきます。

どうしても眠れない時だけ服用してください。
服用の方法は、後で説明しますので。
 
佐藤さん、今は焦らずゆっくりすることが、
大事な時期かもしれません。

それで、また体調良くなってきたら、
大好きなサックスに触ってみてください。
そうやって、焦らずゆっくりやれば
いいんですよ」
 
先生の言葉を聞いて、涙が目に浮かんだ。
優しい言葉が心に沁みたということもあるが
それ以上に自分の不甲斐なさに涙が出た。

洋子の気持ちを考えてやることが
出来なかった自分に対してだ。

そう思うと隠れてサックスを練習しながら、
いつか洋子に聴かせようと思っていた事すら
浅はかで、幼稚に思えてしまった。
 
その日は、そのまま帰宅した。
家に帰ると、直子が心配そうに尋ねてきた。

直子「お父さん、どうだった?」 
その問いに何故かへらへらしながら答えた。
 
隆「やっぱり、また悪くなったみたいだ。
睡眠導入剤まで出たから良くないんだろう」

その答えを聞いて直子は心配しながら
とりあえず部屋で休むことを勧めてきた。
 
私は、その言葉通り部屋に入り横になった。
何もしない沈黙で、さらに心が落ち込み
そうな気がしたので、iPadで音楽を聴いた。

さすがにGrooveを聴く気にはなれなかったが、
幸いにして音楽を聴くこと自体に抵抗はない。
ただ、音楽を聴くと幾分かは自分の気持ちが
やわらぐのがわかった。
 
 
次の日はブースを予約していた日だったが
流石にキャンセルした。

電話で店員に謝って、キャンセルを伝えると
店員は電話越しにもわかる心配そうな声で
「大丈夫ですか?今、インフルエンザとかも、
多いみたいですし、無理せずゆっくりして、
早く良くなってくださいね。

私、実は佐藤さんとサックスの
話をする事が結構楽しくて。
でも無理しないでください。
健康が一番ですから。

今週の残りの予約分については、
とりあえずそのまま残しておきますけど、
体調悪ければ直前の電話でも大丈夫ですので」
そう言って、電話を終えた。
 
音楽を介して定年以前の自分にはなかった、
人の繋がりが出来た事は少しだけ嬉しかった。
とは言え、サックスをしたい気持ちは衰えた。

その夜は処方された睡眠導入剤を飲む事で、
眠りにはついた。しかし夜中に目が覚めた。
そして、そのまま朝を迎えてしまった。
 
眠れぬまま、朝を迎えると、
再び、サックスを楽しめる日が、
ほど遠いように感じてしまう。
 
(第37話 終わり) 
次回はお盆の関係で明日8/11(日)投稿予定

★過去の投稿は、こちらのリンクから↓
https://note.com/cofc/n/n50223731fda0

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