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モネは好きですか?

 と問われたら、どう答えるだろうか。少し前の私であれば、「別に、ふつう」と大人に心を閉ざしたティーンエイジャーのようなことを言ったはずだ。

 先日モネ展に行ったのは友人から誘われてのことである。小学生の頃にルノワールの展覧会に行ったときには、薔薇色の顔をほころばせる少女の可愛らしさや、裸婦のまとったふくよかな幸福感にうっとりとしたことを覚えている。親にねだって小さなレプリカを買ってもらったくらいだ。だから私は好きな画家を尋ねられたら「ルノワール」と答えることにしていた。他の印象派画家の作品については、総じて「優しくて綺麗だなぁ」というくらいのぬるい温度でいたのである。

 週末に訪れたので、中之島美術館はそれなりに混んでいたが、観覧を諦めたくなるほどの混み具合ではなかった。2015年に京都市美術館にルーブル展が来たときには建物の外に長蛇の列がとぐろを巻いていて、すっかりめげてしまった私は隣でやっていたマグリット展に進路変更したくらいだった。(それはそれで幸運な偶然で、しっかり楽しんでグッズやら図録やら買って帰ったのだけど。)

 展示室に入ると、それぞれ好きなように観覧して気が済んだら出る、ということで友人とは別行動になった。こういう時に相手のペースを気にせず観られるのは非常にありがたい。たまに連れ合いにずっと講釈をする、いわば美術館実況者と出くわすことがある。果たして、聞かされているほうは楽しいのだろうか?私としては絵を観ているとき、自分が何かを感じる前に誰かの感想や解釈が聞こえてしまうのは御免なので、彼らを見かけると声が届かないくらいに距離を空けるようにしている。

 さて『モネ 連作の情景』というタイトルの通り、今回の展示は連作がメインだ。ここでの連作とは「同じ場所やテーマに注目し、異なる天候、異なる時間、異なる季節を通して一瞬の表情や風の動き、時の移り変わりをカンヴァスに写し取った」作品群であるらしい(公式サイトより)。ぼやぼやしていたらこの記事を公開する前に会期が終わってしまったが、リンクを貼っておく。

https://www.monet2023.jp


 モネといえば、多くの人が『睡蓮』を思い浮かべるだろう。『睡蓮』も決して派手とは言えないが、今回展示されている連作を見ると、そのモチーフの渋さに唸らされる。たとえば、農場に積まれた麦わらの固まり。おそらく誰も気に留めなかっただろう藁の山を、時間や季節を変えて描き続けたモネを思うと、なんだか愛おしいような心待ちになるのが不思議だ。

 もっとも惹きつけられた作品は、テムズ川にかかるチャリング・クロス橋を描いた作品だ。背景と同系色で描かれた橋は、ぱっと見ではそれと認識できないくらいに溶け込んでいる。そのままぼんやり見つめていると、目が橋の姿を捕らえると同時に、絵画の情景に入り込んだような感覚になった。そう大きな作品というわけではなく、一瞥しただけでは通り過ぎてしまいかねないのだが、この没入感はどこから来るのだろうか?
 かなり大雑把な結論になってしまうが、これこそが印象派と呼ばれるに至った技巧なのだ、と感じ入らずにはいられなかった。不鮮明な点描がぼんやりと結ぶシルエットは、かえって霧の中に浮かぶ橋の姿をリアルに感受させる。さらに、遥か遠方に霞む建物と(高さからして教会だろうか)画面上部から差し込む陽光が、空間に奥行を増している。

 このチャリング・クロス橋を手元に置きたいがために図録の購入を検討したのだが、残念ながら写真で伝わりきらないタイプの魅力であった。はたと思い至ったが、油絵の陰影というのは色彩だけではなく、絵の具の凹凸と照明が組み合わさって描き出されているのだ。考えてみれば当たり前だが、この絵に出会うまでは意識してこなかった。
 家にいるままでも楽しめることがずいぶん増えたけれど、これからも機会があれば実物を見に出かけてみよう。