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#8. 子育て、親育ち

うちの病院の院内報に毎月書いているコラム“Pediatrics Note”です(800字前後)。診療をしていて感じる、とりとめもないことを書いています。
今回は過去号をアップします。2021年の6月号です。

私は性格が大雑把で思いつきで発言をします。おかげで周りには面倒を見てくれる人が大勢いてくれて助かるのですが、そのくせ言葉の定義にはこだわりが強く、カルテの医療用語の使い方などにいちいち引っかかります。

そんな私が診療で一番気になる言葉は「通常学級・特別支援学級」です。
最近は多様性が叫ばれるようになり、普通や通常といった言葉への意見をよく耳にしますが、そうでなくても「通常・特別」の分け方は今ひとつだと思います(言わんや交流学級をやとも思いますが)。「特別」は良くも悪くも目立った印象を与え、学年が上がるにつれて子ども達は嫌がります。

個人的には「個別支援学級・一般学級」が良いと思いますが、どうでしょうか。その子に合った学習環境で学ぶことができる魅力的な学級に変わりませんか?

話は変わり、最近「子育て」にいちゃもんをつけたくなりました。
私は子育てについて話す時、「自分はちゃんと子育てしてるのか?」といつも引っかかります。そもそも子育てのゴールは何でしょう。親が思うような子どもに育てることでは無いはずです。最終的な評価は子どもにしかできないよなぁなどと、風呂でぼんやりしながら自分にできることを考えました。
結果、思いついたのが「子育て」から「親育ち」へのパラダイムシフトです。子ではなく親にフォーカスすることで、今までとは違うアイデアが浮かぶような気がします。社会は子を見て、子育ての評価をします。例え親がきちんと世話し、教えるべきを教え、自分を平静に保って子に接していても、子がうまくできないとダメな親になります。受診される親御さんの悩みは周囲からの冷たい評価です。

子を主体とした評価が続くと、どんな親も落ち込み、最終的に虐待に発展することもありえます。親になる(=子育てをする)過程で抱える悩みや葛藤の相談を受ける際に「子をいかに育てるか」ではなく、「親としていかに育つか」にフォーカスし、私たちを「親になるための手伝いをする」というスタンスに切り替えることで、状況が変わるような気がしませんか。

まずは、目の前の女性を「お母さん」ではなく、名前で呼んでみてはどうでしょう。


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