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#2. 困った子たちが困っていること ②

うちの病院の院内報に毎月書いているコラム“Pediatrics Note”です(800字前後)。診療をしていて感じる、とりとめもないことを書いています。今回は過去号をアップします。2020年の9月号です。

先月は、病棟スタッフを困らせる一時保護委託中の幼児、父からのDV環境で育ち、その後母親に暴言や暴力を繰り返す小学生を紹介しました。二人の共通点は、虐待体験でした。虐待体験は子どもにとってトラウマ体験となり、「複雑性PTSD(心的外傷後ストレス障害)」を起こします。大きな単発の事故後などに発症する単純性PTSDとは異なり、複雑性PTSDは長期的・反復的なトラウマ体験の後に起こり、症状として感情コントロールの困難さ、他者と持続的な関係を持つことや親近感を感じることの困難さなどがみられます。

本来、子どもは親の保護的な養育によって、他者への信頼感を学び、愛着を形成しますが、虐待環境で育つと、信頼感や愛着を形成することができず、他者を虐待する者、自分を虐待される者として認知するようになります。人格形成の過程でこの様な認知の歪みが生じると、適切な感情表現ができずに過剰な表出(かんしゃく)や過剰な抑制となり、感情のコントロールができません。また、愛着形成ができないと、信頼のおける人(養育者)を自分の心に内在化できず、強い分離不安を起こしたり、誰にでもベタベタしたり(無差別的愛着)します。さらに、(私は全く知らなかったのですが)人はトラウマを癒す過程でトラウマ体験を再現し、トラウマを乗り越える手段とするそうです。前述の二人が、攻撃すべき対象でない対象に攻撃を加えたのは、このためだったのかもしれません。

複雑性PTSDの子どもたちは、不安定な感情表現で周囲を不快にし、さらにトラウマを癒す過程で関係をさらに悪化させ、孤立します。こうならない様に、私たち小児科医が情緒が不安定な子を診察した際は、複雑性PTSDを鑑別に挙げなければなりません。他者の何気ない言動に怒りを爆発させたり、泣きわめいたり、家の内と外での様子が極端に違ったり、愛着を形成すべき対象に攻撃を繰り返したり。これらは子どもたちからのSOSかもしれません。どうかよろしくお願いします。(2020年9月)

《参考書籍》
「こどものトラウマ」西澤哲(講談社現代新書)

《補足》
例に挙げた子どもたちを複雑性PTSDの診断基準に則って診断をしても、その基準を満たさないかもしれません。小児の場合、愛着障害として診断することが適切かもしれません。ただ、複雑性PTSDに見られる「感情の調整困難、対人関係の困難さ、非機能的認知」などは知っておくべきだと思います。

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