Angel's ladder.

彼女はいつも空を飛んでいる。
薄曇りの空。今日はあまり高くまで飛べないらしい。かろうじて肉眼でその表情が認識できた。よく見るぼうっとしたあの顔だ。
学び舎の中で、空を飛べるのは彼女一人だけ。先生から特別な"おつとめ"を任されて、好きも嫌いも表に出さず一人でかけていく。
自分でも何故こんなに彼女のことを気にするか分からなかった。
彼女は他の人と違い、何度か学び舎に戻ってくる。運が良ければ、その帰りに彼女と会うことがあった。だから少しだけ、気付かれないように玄関で彼女を待つ。そして今日は、その運が良い日だった。
「おつかれ、リーン」
「テオ」
彼女が呼ぶ自分の名前は、清浄な水音のように耳に染み渡った。淡い金の目がこちらに向けられて、それだけで心が温まる。
「テオはこれから? お疲れさま」
「お互いな。まだ残ってるんだろう」
「うん。ありがと」
ひらひらと振るその手のひらには、赤い痕があった。荷物を落とさないようにと、布を強く握り込んだのだろう。
終わってしまった会話を再開するのは難しかった。彼女とは接点がほとんど無い。強いていうなら、名前を知っている同い年というだけだ。
お茶に誘ってみようか。友人とよく紅茶を飲んでいるし、きっと嫌いではないはずだ。
意を決して、口を開く。
「リーン、今度一緒に、「テオ! 行くぞー」
「…今行く!」
遮られたことに歯噛みしながら、仲間に返事をする。
「ごめん。それじゃ」
「行ってらっしゃい」
にこりと手を振られて、それに応じた。
仲間達の所へ早足で向かえば、遅いだのなんだの言いたい放題言われる。先に待っていたのはこちらなんだが。調子の良い奴らめ。
最後にもう一度玄関を振り返る。リーンは箒を片手に空を見上げていた。空も彼女を丁度照らしていて、彼女が空使いと呼ばれる所以が、少し分かった気がした。

(いいわけ)772字。空使いって尊称でも蔑称でもある世界です。天使の梯子。

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