片翼オラトリオ

「早いのね、ロベルト」
「シスター」
古びた教会。灯りも灯さない中、礼拝堂の祭壇前で佇む少年。少しの隙間があった扉を開いて声をかけたのはこの教会を管理する人間だった。簡易な礼をとり、朝の挨拶を行う。
「おはようございます」
「おはようございます。…昨夜はよく眠れたかしら?」
「……ええ。はい」
少しの沈黙と一緒に返ってきた返事に、修道女は寂しさを滲ませて僅かに微笑む。ロベルトの目元は明らかに疲れが取れておらず、うっすらとクマができていた。
ここ数日は同じやりとりをしている。少年がこの教会に身を寄せることになってから数週間。異変に気づいたのは最近であったことを恥じなければならない。
「そろそろ食事の準備をします。手伝っていただけますか」
「はい、シスター」
固い声音。それでも素直についてくる彼はきっと良い子だ。どうかいずれ、彼が心穏やかに休めるように。シスターは"天使"に祈り、彼を連れて礼拝堂を後にした。


礼拝堂を出る間際、少年は足を止める。見上げた先には"天使"の像。
ここは天使教という名の宗教を元に勝手に派生した教会だ。
大陸を作った大いなる存在に代わって、地上の見回りを行う天使。どんな存在よりもより身近に地上を見守っており、時には人々に力を貸してくれる。天使を敬い、常に信じていれば例え世界が滅びかけてもきっと力を授けてくれる。そういう教えの宗派だ。世界が滅びかけても、という例えには昔からこの国に根付いている世界信仰への揶揄が混じっている。
世界信仰との関係は知らずとも、この教会に来る前から少年は天使教を知っていた。だからこそ思う。
「……にが、……様だ……」
言葉の半分は口内で消えた。奥歯を噛み締めて、石像を睨めつける。暗い光が少年の瞳を熱に染めた。
全て奪われたあの日、ロベルトの世界は消えた。叫んでも祈っても、ただこの手からは全て、灰と同じように舞って散るだけで。
一番欲しかった時に現れない救いなんて、そんなのは無いのと同じだ。天使に背を向ける。あれと同じ屋根の下にいる自分をひどく情けなくて、立ち去る足音が少し荒くなった。

(いいわけ)880字。天使教は過激派が多いので、悪態でもつこうものならフルボッコにされます。だから小声です。

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