濁ったままの虹彩と雨水

「……いた!」
水たまりのはねる音。湿り気の多い地面を思い切り蹴って、何もない山の中を走る。泥がはねるなんて二の次だ。すぐ目の前にいる、けれどまだこの手が届く距離にいない。
「リオノーラ!!」
俺の声は聞こえていないのか、彼女の身体は微動だにしない。色の変わった外套が、風をはらんで膨らむ。
追いついてすぐに分かったのは、外套の色。面積の半分以上赤黒く染まっている。それが何の色かなんて、聞くまでもなかった。乱れた髪のまま表情の見えない幼馴染に声をかける。
「リオ、怪我は無いか。コーンと会ったか? 北の魔女はどうした?」
リオの華奢な肩を掴んで、矢継ぎ早に質問を重ねる。山の中ではぐれていた仲間とやっと会えたというのは、思いの外俺を安心させた。忙しなく動いている鼓動と、息も絶え絶えな事に気付く。
リオの返事があるまで深呼吸を繰り返し、辺りを見回した。少しひらけた場所。硝煙の匂いと、元素と星素が満ちた魔法の気配。抉れた地面になぎ倒された木々。激しい戦闘の痕跡が方々に散らばっている。
「………した」
風の音に負けたリオの声がかろうじて俺の耳に届く。
「…そうか」
床に落ちていた泥まみれの荷物を拾う。散らばった道具を適当な布に包んでそのままバッグに突っ込んだ。肩に背負えば、二人分の荷物の重みが背中にのしかかる。
「とにかく、コーンと合流しよう。それからすぐに下山して──「それで済ませるの?」
冷ややかな声に顔を上げる。木々の幹と同じ色の目が、太陽のように揺らいでいる。
「……仕方ないだろ」
「どうしてっ!!」
リオの小さな手が俺の胸倉を掴む。手放された魔法杖が足下に転がった。
「わたしは、魔女を、人をころしたのよ……!」
どうしてしかたない、の一言で済ませるの。
リオの声に水分が含まれる。その手をそっと解いて、落とした杖を強引に握らせた。
「仕方ないんだ」
「だからっ……!」
「だってそうじゃなきゃ、お前が殺されていた」
「……っ」
「……行くぞ。コーンを見つけよう」
踏み出した一歩が水たまりを踏む。その雨水がまとわりついた靴で、石や木の根に足を取られないように、大地を踏みしめて歩く。うつむくリオの手を引いて、光差す方へ突き進む。
早く、もう一人の幼馴染に会いたいと、柄にもなくどこかに祈った。俺達だけじゃ、この濁りを振り払えないんだ。

(いいわけ)978字。お題ヒントガチャさんより「濁ったままの虹彩と雨水」をお題としてお借りしました。雨水しか盛り込めてないと思うでしょ? 私もそう思う。かろうじて目の表現入れたから許してほしい。
RPGのルークとリオノーラ、北の魔女との戦闘後シーン。

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