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You can’t take the milk back from the coffee.

「……何故、あんなことを言ったのです」
硬い声音が重りのように、部屋に響く。
二人分のカップをテーブルに置いて、彼は項垂れる妻の正面に座った。
「君の意見を聞かなかったのは悪かった」
「そういうことではありません! 貴方には分からないのですか……!」
耳を貫くような大声。娘二人ならまた怒鳴っていると辟易するところを、夫である男は目を伏せた。大きな声で、感情を隠そうとしている彼女を理解していたからだ。
娘達はそれぞれ、日を跨いで顔を見せにきた。姉のアイシャと婚約について話をした後、妹のリーンはつとめ先から休暇をもらったから立ち寄ったと。示し合わせたようなタイミングだったが、どうやら本当に偶然らしい。姉に会えなかったと残念がるリーンの様子は演技ではなかったはずだ。
アイシャがもし結婚するつもりなら、そろそろ段階を踏み始めないと機を逸する。それを危惧して婚約者の話を持ち出したが、結果としてアイシャの『運命の通りには生きない』という決意表明を聞くことになった。
「…アイシャは既に選んでいる。僕達が口を出すことではない」
「その末に、あの子があの子らしく生きられなくなってもですか」
ああ、やはり。
未来のために生きるアイシャと、その結果を危ぶむ母。
本来はただそれだけの話なのだ。どの言葉も、心配からくるもので。
元来は商人の娘である彼女は、驚くぐらいある意味では口下手であった。だから血縁者である娘たちにも誤解される。プライドのせいか今まで否定もしてこなかったために、肝心な時に真意が伝わらない。
「僕達の子供を信じよう。あの子達の強さは、僕より君が知っているだろう?」
「……あなた、それは声高に言うことではありませんよ」
物言いたげな視線に降参のポーズ。とっくに冷めきっているコーヒーを勧めれば、言われるがままに妻は口をつけた。一口含んで、眉根が寄る。
娘たちの甘党な味覚は、彼女から継がれているのだなと、夫は同じく冷めたコーヒーをすすった。

(いいわけ)827字。こんなはずじゃなかった。名前を考えるのも面倒くさくなった。タイトル考えるのも辛かったのでよその国のことわざから。綸言汗の如しみたいな意味です。大仰ですが。

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