大樹の下の魔法の話

「リオ」
夜風と一緒に現れた、派手な衣装の裾。名前を呼ばれたにも関わらず、私は顔を上げなかった。
困ったような空気が降ってくる。いつものように迷って立ち去るのだろう。私もそれを望んでいた。だけど。
「隣、座るね」
すとんと。勢いよく座る時に、プラチナブロンドと赤いスカートが私の視界に入ってきた。
元踊り子の彼女は、美しい服が好きだ。旅を一緒にするようになってからはそれなりに控え目にはなったけど、村娘という空気には程遠い。元々の容姿は派手なこともあって、すぐに人の目を引きつける。
今回はそれが、悪い方へ転んだ。
「……怪我は」
「…え?」
「怪我の手当ては、してもらった?」
発見した時の彼女は傷だらけだった。
手首足首に縄の擦り切れた跡。膝の擦過傷。嘔吐の形跡に、首に指の跡、無数の引っかき傷。凍傷寸前の指。他にもっと、たくさんあるかもしれない。服に隠れて見えないだけで。
「うん。ルークにね、包帯巻いてもらっちゃった。大げさに手首までぐるぐる」
「……治してもいい?」
間に合わなかった。命は助けられた。命しか守れなかった。
魔法で目に見える傷を治したいのは、助けられなかった私の傲慢だ。今ここですぐに治しても、彼女の心が追いつくはずがない。むしろ強引な乖離で彼女に精神的な負担を強いてしまうかもしれない。
だからルークも包帯を巻くだけに留めたのだろう。彼も魔法が使えるはずなのに。私よりもずっと得意な治癒魔法を。
「……お願いしていいかな。流石に、男の子にはどこを怪我したとか言いづらくて」
「…うん。聞くわ」
ひとつひとつ、彼女が挙げていく怪我を治していく。じりじりと魔力が削れるのを感じながら、何でもない顔で魔法をかざして。
「……これで最後?」
「うん。ありがとう。身体が楽になったわ」
「ルフィナ。最後に一つだけ、魔法をかけさせて」
「? いいけど…」
返事をした彼女の手をとって、手のひらに指で紋様を描く。魔力を三度込めて、そっと手を離した。
「リオ、これ」
「おまじない程度の気休めだけど」
今度はあなたの心の盾になれるように。
思い描いた幻覚を見せる魔法を施した。ルフィナがどう使うのか、そもそも使うという選択をするのか、それすらも分からないけれど、せめてあの輝きだけが失われないように。
今はこんなことしかできない自分がひどく憎くて、また両膝に目頭を押し付けた。

(いいわけ)995字。攫われてしまったルフィナと、それを防げなかったリオノーラの話。
幻覚の魔法は、ルフィナが自分自身にもかけられるし、自分以外の人間にもかけられるという設定。

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