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77.みたび、不妊クリニック

ボクたちはまた、あの不妊クリニックを受診しました。ココのことの報告と、また再開するかもしれない不妊治療の相談のためでした。

クリニックにはすでに産院から報告が行っていて、クリニックの先生も事情を把握してくれているはずでした。約1年ぶりに訪れるクリニックは前と何も変わらず、患者さんはむしろ前より増えているように感じられました。

待合で待つボクたちを診察室に呼んでくれたのは、奥さんのカウンセリングをしてくれたあの看護師さんでした。

懐かしい見慣れた診察室。寝ぐせの先生は悲しそうな表情で、ボクたちを迎え入れてくれました。

「知らせを受けて正直…言葉がありませんでした。どうしてよりによってここ村さんに、こんな稀なことが起こってしまったんだろうと思いました」

「すみません、本当はこんなに早く戻ってくるつもりじゃなかったのですが」

自嘲気味な言葉と一緒に涙がこぼれました。

ボクたちは事の経緯を話し、今後の不妊治療の再開について相談しました。

「帝王切開後、いつまた妊娠しても大丈夫かということに関しては確実なことは言えませんが、やはり1年は空けるのが一般的です。しかし産科の先生のおっしゃる通り、その間に採卵だけしておくことは十分可能です。まだ凍結胚が残っているので必ずしも必要ではありませんが、ここ村さんのご希望であれば、そうさせていただきます」

そしてボクたちは、採卵するとなった場合のスケジュールなどの説明を受け、お礼を言って診察室を出ました。

待合で待っていると、あの看護師さんが声をかけてくれました。
「ちょっと別室でお話しませんか?」

案内された別室に入ると、周りに人がいなくなったのに安心したのか、奥さんはボロボロと泣き出しました。看護師さんは奥さんを抱きしめて、つらかったね、本当によくがんばったねと言ってくれました。

ボクたちはココのことや、今どう過ごしているかなどをたくさん話しました。看護師さんは「がんばって」だとか「元気出して」だとかいった言葉で励ますのではなく、ただうんうんと聞いてくれていました。そしておっしゃいました。

「写真を見せてくださらない?」

ボクたちは正直おどろきました。
確かにココが産まれたのは41週目で、見た目は普通の新生児と何も変わらなかった。ボクたちがたくさん撮ったココの写真は、誰が見たってかわいいと思うであろう、産まれたての子どもの写真だった。本当は自慢して回りたいほどステキな写真だった。

それでもやっぱり、写真に写るココはもう亡くなっている。亡くなっている子どもの写真を見るということに、大概の人は抵抗があるんじゃないだろうか。そう思って、ボクたちは家族以外に写真を見せたことはなかったし、誰かに見せてほしいと言われたこともなかった。

ボクのスマホに入れておいた、とっておきのココの写真を、看護師さんはうれしそうに見てくれました。かわいいね~、お父さん似かな~、お風呂にも入れてもらったんだね~なんて言いながら。

ボクたちは涙が出るほどうれしかった。感謝の気持ちでいっぱいになった。

病院を出るころには、ボクたちの気持ちは前よりずっと軽くなっていました。
またこの病院のお世話になりたい、そう真剣に考え始めていました。


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