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82.さくら

ある日、離れて暮らす義母から1通のメールが来ました。

「裏庭に、ココの桜を見つけたよ!きっとジィジが植えたんだね」

そっかお義父さん、そんなことしてくれてたんだな。お義父さんらしいな。

義父はココが奥さんのおなかにいるとき、妊娠7ヶ月の時に亡くなりました。
聡明で、読書家で、とても優しい人だった。少し皮肉屋なところもボクは大好きだった。
1年ほど前から患っていた難病はみるみる進行していって、会うたびに悪化していっているのがわかりました。でも妊娠中の奥さんの身体をおもんばかってか、ボクたち夫婦にはあまり病状は知らされませんでした。

最後に会ったのは亡くなる1週間前のこと。入院中の義父のもとにお見舞いに行って、ココのエコー写真を見てもらった。とてもうれしそうに、しあわせそうに見てくれていた。

状態が悪いことは分かっていたけど、それでも亡くなるなんてことは想像もしていなかった。産まれたココを抱っこして喜んでくれる、当然そんな日が来ると思っていた。

でも義父にはわかっていたのかもしれない。だから身体の動くうちに、ココのための記念樹として桜を植えてくれていたんだろう(それだって相当重労働だったはずだ)。

以前、とある緩和ケアホスピスの心理カウンセラーさんの講演でこんなことを聞いたことがある。

自分の死期を悟った人が、人生の最後に求めるものは何か?
それはほぼ例外なく、「残された人とのつながり」なんだそうだ。

この世から自分という存在がなくなっても、大切な誰かとつながっていたい。

うん、わかる気がする。自分だってきっとそう思うだろう。お義父さんだって、そう思ったんだろう。

今ごろお義父さんは、きっと天国で驚いているだろうな。こんなに早くココに会えるなんて思ってなかっただろうから。どうしてこんなに早く来てしまったんだ、なんて怒ってるかもしれないな。
でもお義父さんのことだから、きっと目いっぱいかわいがってくれているだろう。ココをしっかり守ってくれているだろう。そう思うとボクたちは少し、安心できる。

ココの桜はいつ咲くだろうか。
また桜が咲いたら、家族みんなで集まろう。そしてみんなで、お義父さんとココの話をしよう。


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