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人生っていうのは、時間のことだよね。 時間っていうのは、人生のことだよね。 お金は、時間でも人生でもないよね。 人間にとって1番大切なものがお金っていう時代に、誰がしたんだろうね。 お金と向き合ってる人は、それがしたいんだからそれでも良いじゃない。 だけど気付いた時に、お金が無くても大丈夫っていうことを覚えておいたら良いよ。 絶望しても良いけど、まだ他にもドアがあることを忘れなければ良いよ。 お金に支配されているなんていうのは、本当に虚構なんだから。 確かい人
ソースは?という言葉を耳にする様になって久しい。 常識や学問やTVや偉い人を例にとってソースとする場合が多い。 ソースとは、根源のこと。 学校やTVで知ったことなどが根源と言えるだろうか。 常識や法律、社会性などを生まれた時から教えられる。そして物心がついた頃には、物事の分別をするようになる。確かに秩序が無ければ世界は荒廃するのかもしれない。 しかし裏返して考えたときに、その秩序を利用して支配が可能になる。 一つの答えの出し難い質問がある。 人を56すことについて、平時
初めは、清らかな心を表したことだろう。 だけど、長い歴史の時間の中で変化してしまった。 神だとか仏だとか。 象徴は、感動を与えるほど厳かな方が良い。 造り手は、芸術家である。 そこの意味を乗せるのは文学家である。 いつしかそれらは、宗教となった。 生活の中で見出した凛とした芸術は、崇拝へと変わってしまった。 そして解釈は広まり、ついには現人神を祭り上げた。 人々は、その権力を目指し殺し合った。 宗教が、政治と密接に関わっている理由である。 象徴は、単なる象徴に過ぎ
俺への、注意喚起である。 過去の俺は、そのことに気付かず配慮に欠けていた。 分断の手先になろうが、正しいことをするべきだと思っていた。 だが全てに気が付いた時、誰かにいいねしたとしても自ら発信することは極力辞めることにした。 以下、その気付き 実現出来ない考えなら、良心だとしても偽善でしかないのだ。 人任せの偽善(解決出来ないこと)は、正義とは言えない。 結局、どこかの誰かがやろうとしているチップ埋め込んで全員コントロールするのと似てる。 一緒になって分断の極に君臨
あなたならどうなりますか? 絶望? 希望? 脱力? 解脱? 達観? あなたは、全てを知ったわけではない。 あなたは、知りたいですか? その覚悟が、ありますか? いずれ多くの人が目にすることでしょう。 そして、思い知ることでしょう。 たった一つの真実と己というものを
無宗教というのは、実はすごく悩ましい。 人間というのは、善とか悪とか何かにつけて分けたがる訳です。 そういう判断をするための蓄積というかバックボーンが無宗教である場合、全部自分思考が基礎となります。 何か正しいと思えることに依存したら楽です。 政治、宗教、スピ、学校教育、常識、親、その他の教えてくれることに従うなら楽なのです。 だけど、そんな人生を良しと思っていない。 だからと言って、過去のものを全て否定しているわけではないし、全ての考え方を自分で生み出している訳でもな