一人百物語
17 なんとなくの話
3日限定で派遣の日雇いのイベントスタッフのアルバイトをしていた時の話。そこで仲良くなったFさんの話。
FさんにはCさんという昔からの友人がいる。Cさんは霊感があるタイプだったらしく、なんとなく行きたくないと思っていた場所でぼや騒ぎが起こったり、付き合いたくないと思っていた人が万引きで捕まったりと嫌な予感が当たりやすかったそうだ。それがどんな感覚なのかFさんがCさんに一度聞いてみたのだという。
「なんだかね、自分がもう一人いて『やばい!』って話しかけてくる感覚なんだよね。」
「自問自答的な?」
「うーん…ってよりはなんか、こう…その場にいる自分と客観的にめちゃくちゃ考えている自分がいて、めちゃめちゃ勝手に喋っているのが聞こえてくるみたいな。」
当時それを聞いたFさんは「ふーん」とだけ返し、そこでその話題は終わってしまったのだそうです。
この話を聞いたのは2日目の昼食時だったのですが、ちょっと困ったお客さんの愚痴をしていた時に急にそのような話をしたことに違和感を覚えました。支給された弁当のハンバーグのかけらを口に放り込みながら、
「なんで急にその話したの、怖いじゃん。…てか脈絡よ」
と、行儀悪く茶化してみたのですが、彼女の顔が妙に深刻そうでそれ以上突っ込むことができなくなってしまいました。それきり黙った自分にどう思ったのか彼女はぽつりぽつりとまた話し始めました。
「昨日さあ、めっちゃわかんないわよ早くしてよ!って怒鳴ってきたおばさんいたじゃん。」
「ああ、うん。あれJさん(ベテラン社員。アルバイトである私たちのフォロー役に)がいなかったらもっとヒートアップしてたよね」」
この日Fさんが受付したお客様が少々、いやかなり癖のある人で、受付手続きをするFさんに対して「わかり辛い」だの「案内が不親切」といちいち文句をつけてくるおばさまで、それはヒステリックに叫びだす方だったのです。
「あれさ、あのばばあが帰るのみたときにさ、なんか事故りそうだなとか思ってたわけ。」
「事故れよ、とかあんなんじゃいずれなんかトラブるぞあいつ、みたいなことじゃなくて?」
「そ、なんか事故ってヤバイことになりそ。みたいな」
冷えたデミグラスの余った部分をブロッコリーで器用に掬いながらFさんはそれを口にすることなくぼんやり見つめた。
「そしたらさあ…なんか、あいつ当たり屋にぶつかられてトラブったみたいでさ。」
「当たり屋?」
「女めがけてくるあれ」
「ああ、ぶつかる奴」
「そうそう、あれで転んで当たりどころ悪くて救急車呼ぶレベルの怪我したっぽい。」
「え、マジで?…てかなんで知ってるのそれ」
「帰ってる時にみちゃったんだよね…。乗り換えでさあ〇〇駅のホームの階段あるじゃん、そこ登ってたらなんか人だかりがあってさ、見たらあのばばあがいてさ、そいつのこと救急隊の人が運んでてさあ…。」
「覚えてるじゃん、あんなやつ。それで事故るかもーとか思ったの思い出して気持ち悪くてさ。で、Cちゃんのこと思い出したんだよね。」
そこまで話し終えたFさんはようやくブロッコリーを口に入れた。虫の知らせってやつかなあと気持ち悪そうに話す彼女に私はなんと言えば良いかわからず
「あるんだね、そういうの…霊感とかなくても」
とやや間を開けて返したが、Fさんは特に気にした様子もなく弁当のゴミを片付け始めた。割り箸を無理やり容器に押し込みながら
「あーね。そういや③ちゃん今日やばい客に当たりそうな気がする」
「やーめーろ」
その日私は耳の遠い上若干めんどくさい客に当たってしまった。霊感があるないにかかわらず、虫の知らせとはあるものなのだろうか。
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